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「行動デザイン」を学ぶ第15回:普及、イノベーションについて

サービスや商品、技術などの普及は、直線的な右肩上がりで進んでいくわけではない。今回は普及すること、イノベーションについて考えたい。

目次
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なぜ若年層のワクチン接種が拡がらない?

本稿が掲載されるタイミングでコロナウィルス感染症の状況がどうなっているか見通しがつかないが、本稿制作段階ではまだまだ20代のワクチン接種率が低いとされる。例えば東京都の20代、30代接種率は、「ワクチン接種実績 東京都福祉保健局」(2021年9月20日時点)を参照すると、20代で1回目接種率が54.1%、2回目が36.6%、30代で1回目58.6%、2回目40.5%(※)となっている。

「ワクチン接種実績 東京都福祉保健局」より
※2021年10月11日値で、20代は1回目接種率が63.8%、2回目が45.0%、30代で1回目68.2%、2回目56.9%。

制度的に、リスクを伴う高齢者を優先したこと、自治体によっては65歳以下の年代でも接種券の送付を年代順にしたなどの理由もあるだろうが、筆者が教えている大学の学生に聞いても、「副反応に関する不安が強く接種を迷っている」という声をあげる学生も多かった。ワクチンに対する反応・受容過程は、地球規模の社会実験として研究に値するだろう。

さて、新しい技術の普及過程については、「イノベーションの普及プロセス」として以前からさまざまな研究がある。それらによれば、普及プロセスは一直線ではなく、「S字カーブ」を描いて採用者が累積していくという。

つまり、時間経過の中で最初のうちはなかなか普及率が増えないが、ある時期から(「離陸期」と呼ばれる)急に普及率が立ち上がり、後半になると普及率の増加は緩やかになっていく、というものだ。

普及プロセス

普及プロセスはS字カーブを描くように進んでいく

ワクチン接種の普及は前述の通り、いろいろな条件もあるが、基本的にこのカーブに沿って進むと考えると、全体の接種率が5割を超えた現状(2021年9月時点)はすでに普及後期であり、ここからの増加には時間を要する段階に入ることになる。今までのイノベーションの普及の事例、例えばスマートフォンなどは若い世代から普及が始まり、最後にガラケーを愛用していたシニアがようやく乗り換え始める(乗り換えない人も存在する)、というように普及の方向は若年から高年へ、という流れが多かったと思う。その中で今回のワクチンは、制度的に高齢者から進めたことを考慮しても、若者で停滞する流れなのでとても興味深い。

ロジャーズモデルとは?

イノベーションの普及が「S字カーブ」を描くことを最初に研究したのは、米国のエベレット・ロジャーズという農村社会学者だった。彼は、アイオワの農民たちが新種の苗や農薬などの登場にどのような態度をとるかを観察し、普及の「S字カーブ」を発見した。さらに新しい技術の採用時期に関して5タイプの顧客層が存在し、その比率が釣り鐘型の正規分布に沿っていると提唱したのだ。

その5タイプは、採用が早い順に「革新者層(イノベーター:約2.5%存在)」「前期少数採用者層(アーリーアダプター:約13.5%存在)」「前期多数採用者層(アーリーマジョリティー:約34%存在)」「後期多数採用者層(レイトマジョリティー:約34%存在)」、そして最後が「採用遅滞層(ラガード:約16%存在)」と分類されている。もし正規分布に従っているとしたら、本当は「最後まで意地でも採用しない」筋金入りの岩盤層が2.5%存在するはずだが、ロジャーズモデルではその手前の層とざっくり1つに(ラガードとして)括られている。

ロジャーズモデル(イノベーター理論)

ロジャーズモデル(イノベーター理論)を図示したもの

この研究の画期性は、人(顧客)のタイプによって新しいものを受け入れるまでの時間が異なる点を見つけたことにある。ロジャーズは最初、農村の研究でこのモデルを着想したのだが、他の技術分野でも同じようにS字カーブが存在していることがわかり、世界共通の法則と考えたのだ。

確かに、我々の身の回りでもこうした普及の時間差は存在しているように思える。では、どうしたらこの「法則」をマーケティングに活用できるだろうか?

普及の要因は情報コミュニケーション

前回までの連載で、顧客が感じるコストとリスクの解説をしてきた。実は、イノベーションの普及プロセスもまさに人が感じるリスク感(不確実性)にどう向き合うか、という話なのだ。根本的に人は不確実性を嫌う生き物である。新しい技術や習慣の採用は不確実性を伴うので、採用をためらうのだ

しかし、(例えばワクチンのように)採用するメリットや採用しないデメリットが大きいと感じられる場合は、いろいろ情報を調べて、不確実性を減らすように努力するだろう。若者がワクチン接種をためらうのは、彼らの最大の情報源であるSNS内で、不安になる情報がヒットするからだ。逆に高齢者は、(施策として高齢者が優先された背景はあるが)新聞で年代別の重症化リスクのデータを目にしたことだろう。ロジャーズは、イノベーションの普及プロセスの本質は、こうした受け手の「情報探索活動と情報処理行動」であると述べている。

我々は「イノベーション」というと、ついつい新技術を連想してしまうので、「イノベーションの普及プロセス」も技術の良し悪しや使いやすさなどに左右されると思いがちだが、実は普及する・しないは、技術ではなく社会集団の中での「情報コミュニケーション」の良し悪しにかかっているのだ。もしみなさんの会社で、とても魅力的な新製品や新サービスがなかなか拡がらない、という悩みを抱えているとしたら、それは製品そのものの魅力の問題ではなく、「顧客の情報探索や情報処理活動に沿ったマーケティング・コミュニケーションができていないという問題かも?」と、一度考えてみてはどうだろうか。

自社ビジネスが扱う市場規模と狙い目を整理しよう

ロジャーズモデルの最もわかりやすいマーケティングの応用例は、「マスマーケティング」だろう。つまり、「前期多数採用者層(アーリーマジョリティー)」および「後期多数採用者層(レイトマジョリティー)」の合計約7割の「マス」ターゲットに向けて、見たことのない新製品を「見たことがある製品」として認知させる活動である。有名人や、自分たちと同じような人が使っているシーンを広告で描き、店舗の目立つところに並べ、場合によっては試供品を配る。こうしたコミュニケーション活動を大量に行うことで、受け手の情報探索と情報処理にかかる時間や負荷を一気に小さくして、「不確実性」つまりリスクを減らしてしまうのだ。

世の中には「新製品大好き」というタイプが一定比率存在する。ロジャーズモデルで言えば「イノベーター層」と「前期少数採用者層(アーリーアダプター)」の計16%が目安になるだろう。もしみなさんのビジネスが、それくらいの採用率で十分儲かるのなら、世の中全体で認知率を高める「マスコミュニケーション」は不要である。もっといえば、2.5%しかいないとされるイノベーターに使ってもらうだけでいい、という事業モデルもあるかもしれない。

ただし、その場合は市場規模(人口)が重要になる。例えば約1,000万人という東京都サイズの市場規模があれば、その中にイノベーターは25万人も存在していることになる。もし販売目標が5万個なら、イノベーターの2割が採用してくれれば十分なのだ。これもマスマーケティングの1つの本質である。トヨタやGMのマーケティングに比べて、BMWやマツダのマーケティングの規模はかなり小さい。しかし、世界の中で運転の大好きな数%の層だけ取れればいい、という目標設定ならこれで十分なのだ。

このように、マスマーケティングと一口に言っても、そこには「多くの人に普及させる」というタイプと、逆に「大きな市場の中の特定の人に採用してもらう」というタイプの両方が存在することを覚えておいてほしい。その際、特に後者のタイプで重要なのは、市場の大きさだ。小さな市場では、数パーセントの普及では事業はスケールしない。生産コストが回収できない。多くのスタートアップ企業が「離陸」できずに消えてしまう理由はここにある。

次回は・・・

イノベーションの普及を阻害する要因について解説する。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、博報堂行動デザイン研究所フェロー(名誉所長)、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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