1. HOME
  2. ブログ
  3. 「行動デザイン」を学ぶ 第32回:大きな企業価値を持つ顧客の継続行動は

「行動デザイン」を学ぶ 第32回:大きな企業価値を持つ顧客の継続行動は

顧客の分母が増えない成熟市場のマーケティング競争では、既存顧客の維持が重要になる。しかし、「顧客維持」(カスタマー・リテンション)は思うほど簡単ではない。今回から数回の連載で、顧客の習慣行動に注目して、顧客維持のための効果的なアプローチを考察してみたい。

「行動デザイン」を学び深めたいあなたには、連載記事公開の時にお知らせメールをお送りします。以下フォームよりご登録して下さい。
個人情報保護方針に同意いただけましたら、ご登録ください。 ※メール配信開始後、メールの配信停止を希望される方は、メール下部より配信停止設定を行うことができます。
目次

「発想の転換」とは?

みなさんも普段の業務の中で「ライフタイムバリュー(LTV)」という言葉をよく聞くのではないだろうか。こういうキーワードが定着する背景には、発想の転換(ビフォアvsアフター)が存在している。

この場合の「ビフォア」は、事業の価値(バリュー)を小売・サービスであればある期間の「顧客数」×「取引単価」、メーカーであれば「出荷数量」×「製品単価」の積み上げで算出するという発想である。これに対して「アフター」は、1人の顧客がある期間(その製品カテゴリーやサービスの平均的な利用期間を用いることが多い)内に自社商品を買ってくれる回数に、取引単価をかけたもの(=顧客1人当たりのライフタイムバリュー)を総顧客数で積み上げて算出するという発想になる。つまり、「モノ」から「人」への焦点の転換であるそれは同時に、「企業の製品」から「顧客の行動」への転換を意味している

もちろん、「そんなの当たり前だよ」「やっているよ」と言う方も多いと思うが、筆者の見る限り、「モノ」発想、つまり「ある製品(無形のサービス財も含め)がどれだけ売れたか」で売上を捉える思考がデフォルトになっている企業は、いまだに少なくない。

サブスクリプションとぎりぎりのライン

一方で、いわゆる「会員制」(メンバーシップ)型の事業の場合は、昔から登録顧客1人当たりのライフタイムバリュー(LTV)」で事業を捉える思考がデフォルトだった。新聞の駅売りよりも宅配が圧倒的に多い日本で、まだ新聞社が何とか生き残れている理由は、購読契約世帯が一生、新聞を取り続けてくれるからだ(仮に夫が亡くなっても、妻が契約を引き継いでくれるかもしれない)。

新聞の定期購読は、電話や保険などと同様に昔からあるサブスクリプション型サービスの1つだが、「サブスク」という言葉が急に市民権を得たのは、やはりオンラインの有料音楽・映画配信サービスが普及してからだろう。「サブスク」型事業では、LTVが生命線である。近年、マーケティングでLTVが重視されるようになった背景には、消費市場の飽和(これ以上、母数が増えない)に加え、さまざまな「サブスク」型サービスの普及も影響しているだろう。「サブスク」型事業のマーケティングでは、登録顧客の月額利用料とチャーンレート(解約率)が、顧客のLTVを左右する最重要指標となる。

例えば携帯電話であれば、パケット定額制のような高めの定額プランに顧客を誘導するアップセルが有効だが、あまり高額の契約だと、潜在的に顧客不満足が発生する。そのため、そこを突くような割安のサービスを打ち出す競合へのブランドスイッチが起こり、チャーンレートが悪化することもあり得る。したがって、支出の「痛み」をぎりぎり感じないラインに月額を設定し、離脱を予防するのがLTV最大化のポイントである。

その他の例では、Appleの音楽配信サービス(Apple Music)は、2022年までは月額980円、年額だと9,800円という端数価格だった(現在は月額1,080円、年額だと10,800円)。Netflixも世界中でじわじわと値上げを続けてきたが、日本では現在、ベーシックが月額990円、スタンダードが1,490円、プレミアムが1,980円となっている。これ以上値上げすると支出痛が閾値を超えてしまうぎりぎりの設定と言えるだろう。

昨今、オンライン映像配信などはサブスクリプション型事業としてすっかり定着した

そこで、Netflixが2023年の価格改定で打ち出したのが、スタンダードの価格据え置きとベーシックの新規受付終了(海外ではすでにプラン自体が廃止されているので、日本でも段階的に廃止されると予想される)だった。スタンダードでは少し高いと感じる低価格志向層(学生など)は、今後は広告付きベーシック(月額790円)に誘導されることになる。広告付きベーシックの加入者が増えれば、Netflixは新規顧客拡大と広告収入を一石二鳥で入手できるので、おそらくこれ以上スタンダードを値上げする必要はなく、「広告を見たくない」という人へのプレミアムサービスとして置いておけばいいという判断であろう(ちなみに、同じ広告なし動画配信サービスであるYouTubeプレミアムは月額1,280円)。

一度やり出すと、なぜ解約をためらう?

これらの有料月額課金サービスの利点(企業側にとっての)は、一度そのサービスにメリットを感じて加入したユーザーは、意外に解約・離脱しないで契約を更新し続ける、という歩留まりの良さ(チャーンレートの低さ)にある。加入時の支出痛に比べると、契約更新が自動延長になっている場合は、更新自体は痛みとして感じられない。さらに、解約手続き自体が面倒に感じられる(実際に、非常に面倒な手続きを要求するサブスク型サービスも存在する)上に、今まで利用できていたサービスが一瞬にして利用できなくなることに対する「損失回避」バイアスや、「現状維持バイアス」が働く。

解約をためらわせるこうした心理的な要因は、すべて「スイッチングコスト」として知覚され、強固な離脱障壁を形成するのだ。オンラインサービスは、一般に新規登録(入会申し込み)はスマホ上で完結し、サクサクと簡単に登録できるようになっている(この登録画面で離脱させるようなWebサイトはUI不良である)。昔は、オンラインで入会申込みしても申込書が郵送されてきて、申込書に押印させることで契約の意思表示を確認するといった、今では笑い話のようなアナログな手続きが一般的だった。フルデジタル化(DX)は、企業側の管理コストだけでなく、行動デザインの観点でも、顧客コスト(新たな行動に踏み切る障壁)を大きく引き下げ、エントリー層の拡大にも寄与すると言えるだろう。

さらに、新規契約にあたっては1カ月無料、6カ月無料といった、初期コストの支出痛を抑えるプログラムが用意されていることも多い。こうした値引きプロモーションが成立するのは、心理的離脱障壁の高さと、会員1人当たりのLTVの大きさによるものであることは言うまでもない。

★画像説明★
一度始めると、始めた状態が常態化。「まあ、いいか」と、ずるずる続けていませんか?

顧客維持とLTV

このように、オンライン完結のデジタルサービスはもともと変動費が低く(限りなくゼロに近い)、その分固定費をかけてサービスの品質を上げることができるので、価格(月額)を抑えながら顧客満足度の高いサービスを提供することができる(Netflixの高品質なオリジナルドラマなどがその代表的な戦略事例)。これが顧客維持につながり、企業は大きなLTVを入手できるのだ。

しかし一方で、アナログで物理的なプロセスが混在するECサイトや、100%アナログサービスである有形財の製造・販売では、サブスク型オンラインサービスに比べると顧客維持は簡単ではない。それは、都度、顧客に「選択」という行動が発生するからだ。選択行動は常に離脱の危険を孕んでいる

一度、習慣化した行動はオートマチックに反復されるので、一見離脱は少ないように思われるかもしれないが、実はそのオートマチックな反復を阻害する要因がいろいろなところに潜んでいるのだ。

次回は・・・

アナログで物理的なプロセスを必要とする商品やサービスのマーケティングにおいて、どのように顧客維持を考えればいいか? 顧客の習慣行動という観点から、この重要なテーマについて考察していく。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


「行動デザイン」を学び深めたいあなたには、連載記事公開の時にお知らせメールをお送りします。以下フォームよりご登録して下さい。
個人情報保護方針に同意いただけましたら、ご登録ください。 ※メール配信開始後、メールの配信停止を希望される方は、メール下部より配信停止設定を行うことができます。
ダウンロード資料へ

株式会社ジェネシスコミュニケーション

ジェネシスのマーケティングプロフェッショナルが編集を担当。独自の視点で厳選した実践的ナレッジをお届けいたします。

「マーケの強化書」更新情報お届け

マーケの強化書の更新情報をお届けします。
メールアドレスをご登録ください。
※入力前に「個人情報保護方針」を確認ください。