まず「顧客視点」ありき!
2016年4月15日発行!【著者インタビュー】
カスタマージャーニーの実践的活用方法を初めて体系化した書籍
『The Customer Journey 「選ばれるブランド」になる マーケティングの新技法を大解説』
セールスフォース・ドットコム Marketing Cloudマーケティングディレクターであり、宣伝会議と共に「JAPAN CMO CLUB」の運営に携わる加藤希尊(かとうみこと)氏。
この「JAPAN CMO CLUB」での議論を通じて得られたカスタマージャーニーの実践的活用方法についてまとめた書籍『「The Customer Journey「選ばれるブランド」になる マーケティングの新技法を大解説』が2016年4月15日に発刊されました。
そこで、著者である加藤氏に「カスタマージャーニーとはそもそも何なのか、どう使うべきなのか?」についてお話をうかがいました。
※所属および肩書きはインタビュー当時のものです。
セールスフォース・ドットコム Marketing Cloudが提供する
『One to Oneカスタマージャーニー』の世界
―まず貴社の事業概要をお聞かせくださいますか?
加藤氏:セールスフォース・ドットコムは、セールスやサービス、デジタルマーケティング、マーケティング、コミュニティ、プラットフォーム、アナリティックス、IoT(Internet of Things)など7つの領域で、ユーザーのサクセスを実現する「カスタマーサクセスプラットフォーム」を展開しています。
ユーザー企業だけではなく、パートナー企業や従業員とのつながりを強め、それらが一体となって成功に向かっていけるようなプラットフォームです。
-加藤さんが担当されている「Marketing Cloud」の特徴は?
加藤氏:マーケティング領域を担う「Marketing Cloud」は、さまざまな顧客に関するデータ、例えば、POSデータやWeb行動履歴はもちろん、LINEなどのソーシャルデータも一元化して結び付けます。そして、多様な軸で高速にセグメンテーションを行い、個別化されたパーソナルなコミュニケーション、すなわち「One-to-Oneコミュニケーション」を実現します。
Marketing Cloudでは、カスタマージャーニーに沿って、セグメンテーションごとに複数のシナリオを同時に回すことができます。マルチチャネルに対応しているので、メールを連続的に出すだけではなく、メールの次はLINEで、それでも反応がなければディスプレイ広告を出すといった複数のチャネル・ツールにまたがる一連のシナリオを実行することが可能です。
また、様々なシナリオの実行結果はリアルタイムで閲覧できますので、マーケターが考えた「こうありたい」と考える理想のカスタマージャーニーの有効性を迅速に検証、修正をかけていくことができます。
-あえて素朴な質問をさせていただきますが、そもそも「カスタマージャーニー」とは何でしょうか?
加藤氏:簡潔に説明すると、カスタマージャーニーとは、ある製品やサービスに関わるお客様の一連の「体験」の連続です。重要なのは、企業視点ではなく、「顧客視点」であることです。
すなわち、顧客の立場に立って、「製品・サービスに関わる各タッチポイント(接点)で、顧客がどのような体験をするのか」を可視化すること。
こうすることで、顧客の行動や心理をより深く理解できます。もし、企業側の視点で考えてしまうと、「いかに売るか、いかに利用してもらうか」といった「商流」的なものになってしまい、顧客の行動・心理に対する理解を深めることができません。
JAPAN CMO CLUBで50社のCMOとのディスカッションを通して見えてきたこと
―『The Customer Journey』出版のきっかけとなったJAPAN CMO CLUBではどのような活動を行ってこられたのでしょうか?
加藤氏:JAPAN CMO CLUBは、「マーケターの集合知をつくる」を目的に2014年11月に発足。現在約50社のトップクラスのマーケターが参加しています。毎月数人のマーケターが集まり、各社のカスタマージャーニーを共有しながら、様々なマーケティング上の課題について議論を行ってきました。
―議論を通じて見えてきたことはございますか?
加藤氏:はい、各社のマーケティング課題の共通項として見えてきたのが、「つながり」「量」「質」という3つの軸での競争の激化と複雑化です。
カスタマージャーニーは近年複雑化しているのですが、その要因の1つには、スマートフォン、タブレットなどのモバイルデバイスが普及し、またLINEなどのメッセージアプリ、FacebookなどのSNSのユーザーが増大したことによって、消費者が多様なチャネル・ツールでインターネットを介して“つながっている”=「スマート化」していることがあります。
誰もが様々な形でつながっている世界=「コネクティッドワールド」では、いつでもどこでも情報の検索や交換が可能であり、顧客の利便性は高まりました。しかし、企業としては、どこでどう顧客が行動し、またどのような感情や印象、評価を持つのかがわからなくなってきている。このためマーケティングがとても難しくなっているのです。
また、人口減少は、「量」の観点において確実にマーケティングに影響を及ぼしています。多くの業界でマーケット自体が縮小しており、パイの取り合いが激化していますね。
さらに「質」の競争としての「コモディティ化」の問題があります。良い製品を出しても短期間のうちに同じ機能の製品が競合他社から出てきます。このため機能競争となり、製品のライフサイクルがどんどん短くなっています。行きつく先は価格競争。どこも儲からないという状況に陥っています。
顧客視点でカスタマージャーニーを描く
―その3つの軸に対して、カスタマージャーニーをどのように用いたらいいのでしょうか?
加藤氏:カスタマージャーニーの観点で言うと、この「つながり」「量」「質」という3つの軸を踏まえて、顧客視点で新たな競争優位性をカスタマージャーニーの中にどうつくっていくかを考えることです。
今、顧客のニーズは「質の高いものを必要な量だけ欲しい」というものに変わってきています。ですから、まずは3つの軸の中で、自分たちの強みをどう出していくかを考えることが大切です。
―「カスタマージャーニーは使えない」と感じるマーケターもいるようなんですが・・・
加藤氏:「カスタマージャーニーは使えない」と感じているマーケターがいるとしたら、それはその企業・マーケターの顧客理解が不十分であることの現れでしょう。
顧客視点ではなく、自分たちの商流の視点でカスタマージャーニーを描いてしまっているのではないでしょうか。顧客視点に立ち、新しい競争の軸が反映された理想形のジャーニーを考えないと、「使えるカスタマージャーニー」にはならないのです。
カスタマージャーニーを活用するステップ
―では、カスタマージャーニーを活用するための手順を教えてもらえますでしょうか
加藤氏:カスタマージャーニーを適切に活用するためには、正しいステップを踏むことが必要ですが、まず始めに現在のカスタマージャーニーをしっかりと洗い出すことです。
顧客のそれぞれの行動のステージで、顧客の感情の上がり下がりを捉える、また、企業がカバーできている顧客接点、できていない顧客接点を把握する、それぞれの顧客接点でどのような価値を提供できているかを明らかにする、などして正確にプロットしていけば、現状を理解することができます。
旅行会社の例でいうと、「旅行前」や「旅行中」、「旅行後」の行動ステージがありますが、旅行中には、顧客と旅行会社との接点があまりないため、旅行会社としての価値を十分に提供できていない場合があります。そこで、例えばレストランのレコメンデーションサイトと連携して、旅行中にも顧客に対して価値ある情報を提供できれば、「また次回も使ってみよう」という気になってくれるかもしれない、というようなことが分かってきます。
このように、優れた顧客体験を提供するための「新たなカスタマージャーニー」を描く際には、それが現状のカスタマージャーニーに含まれるものなのか、それとも新しく設計すべきものなのかの軸と、短期的に改善できるものなのか、あるいは中長期的なものなのかの軸の2つの軸でマトリックスを作り、4象限に分けます。そして、どの象限の顧客体験から着手すべきかといった取り組み方法を考えるのです。
例えば、現状のカスタマージャーニー上で非常にうまくいっているところをさらに強化すれば、短期的に大きな成果があります。そこは「ゴールデンパス型」と呼びます。
現状の中でも、中長期の改善が必要な象限は「最適改善型」です。
今まで気がつかなかった、流入経路などの新しいパス、接点をすぐに追加できそうなものは「Newパス追加型」。
そしてビジネスの根本を変えるようなもの、すなわち中長期的に取り組み、新たな接点を含むカスタマージャーニーに作り替えるのが「イノベーティブ型」です。
ここまでいくと、現状のカスタマージャーニーをどう描き直せば良いのかが見えてくるので、それに基づいて理想のカスタマージャーニーを描くことができます。そして最終的にはマーケティングオートメーションで強化できる部分については、自動化するコミュニケーションのシナリオに落とし込みます。
―以上のような手順が今回の本にも書かれているのですね?
加藤氏:はい。カスタマージャーニーを実践的に活用できる手順を体系化して解説しているのは本書が初めてでしょう。
私自身、JAPAN CMO CLUBの会合を重ねるまでは、カスタマージャーニーの適切な設計手順を明確にイメージできていたわけではないのです。CMOの皆さんとの議論のおかげで体系化が可能となりました。JAPAN CMO CLUBの『マーケターの集合知を作る』という目的に沿った一つの成果だと思います。
ますます重視される重要な瞬間としての「体験」
―今ご説明いただいたカスタマージャーニーの活用手順ですが、特に焦点を当てるべきは、カスタマージャーニーにおける各タッチポイントということでしょうか?
加藤氏:企業によって重要と考えるタッチポイント、すなわち「真実の瞬間(Moment of Truth)」はさまざまですが、基本的には、企業は「リアルな体験」をますます重要視する方向に向かっています。さらに「体験のレベル感」が変わってきています。
単にデジタル、リアルの体験ということだけではなく、例えば外食業界では、会員カードを発行して財布にそれを入れておいてもらうことにより、目に入った瞬間に「あ、今日はあそこで食べたい」ということを想起させるようなきっかけを増やしたり、会員限定で畑に行って野菜を摘み、店舗で提供している料理をつくってもらうイベントを企画するなど、様々なタッチポイントで並行して特別な体験づくり、価値を感じてもらえる体験づくりを行っています。
例えば、自動車購入のカスタマージャーニーでは、最初のプロモーションから見積り・購入の段階まで多くのタッチポイントでの様々な顧客体験がありますが、なかでも、「試乗」というリアルな顧客体験が購買意思決定に大きな影響を与えます。したがって、いかにして「試乗」へと見込客を連れていくかを重視したカスタマージャーニーを描くことが有効だと言えます。
コモディティー化を脱却するためには企業の人格が重要
―質の競争に勝つ、すなわち「コモディティ化」を脱するためにはどんな方法があるとお考えですか?
加藤氏:カスタマージャーニーの各タッチポイントでの顧客体験において、「企業の人格」を感じさせることが重要ではないかと考えています。
顧客と企業が出会うタッチポイントにおいて、企業側も「人格のある存在」として、「感情的に顧客とつながる」ということが求められるようになってきているからです。
企業側を代表する人々が、どの接点でも皆、親身に接してくれたり、プロモーションでの訴求内容やCSR活動の内容が一つのパーソナリティで貫かれていると、企業としてもある特定の「人格」が形成され、より本来の意味でのOne to Oneのマーケティングを成り立たせることができるようになるのです。
人格としての企業、すなわち企業の”人となり”が見えていて、かつこれからどんな体験を提供してくれるのか、人格と顧客体験のストーリーの輪郭がどれだけはっきりしているのかがこれからますます重要視されていくでしょう。
ペルソナ&カスタマージャーニーをたくさん作る必要はない
―ペルソナごとにカスタマージャーニーを作成すべきというのが一般に言われていますが。
加藤氏:自分たちの打つ施策やチャネルがペルソナによって変わるのかどうか、それがペルソナを複数作る場合の基準です。あまり変わらないのであれば、ビジネスが成り立つ売上規模をもたらしてくれるメインのペルソナだけを想定すればいいのです。それは、結局のところメインのターゲット像を明確にするということと同じ意味になりますね。
まずはマスターのカスタマージャーニーマップをひとつ作って大枠のビジネス課題を洗い出すことが大切。そして、各タッチポイントでの顧客の行動データ等に基づいてコミュニケーションをパーソナライズしていくことを目指すのです。
どんな商品を買ったのか、ロイヤルティが高いのか低いのかなどは、ペルソナのレベルでは捉えられません。ペルソナではなく、お客さんの一人ひとりの行動をベースにコミュニケーションを分けるべきです。
実際、行動ベースのマーケティングの方がペルソナよりも粒度が細かいので、多くのペルソナをつくることの意味は薄くなります。ペルソナを作成する目的はメインの顧客を想像して大枠のストーリーを描くことに限定し、あとは、マーケティングオートメーションで、より細かい行動ベースのマーケティングを実践していくべきでしょう。
―本日はありがとうございました。
『The Customer Journey
「選ばれるブランド」になるマーケティングの新技法を大解説』
(加藤希尊著、宣伝会議)
<著者プロフィール>
加藤 希尊 Mikoto Kato
広告代理店と広告主、両方の経験を持つプロフェッショナル・マーケター。外資系の広告代理店(WPPグループ)に12年勤務し、化粧品、保険、自動車、ITなど、14業種において100以上の マーケティング施策を展開。2012年よりセールスフォース・ドットコムに参画し、Salesforce Marketing Cloudの日本ローンチを実現。
2014年に、国内100社のブランドを対象としたトップマーケターのネットワーク-JAPAN CMO CLUBを宣伝会議とともに立ち上げ、運営。消費者行動の変化を反映した、ブランド毎のカスタマージャーニーを研究し、その内容を本書に収録。