小さい陶器屋さんに学ぶ『2つのマーケティングスキル』
まだ雪の残る1月末、東京市ヶ谷の仕事場を軽装で抜け出て、仕事の合間にコンビニで飲み物を購入、その帰りの道すがら、ふと目に止まった陶器屋さんのワゴンセール。
そこは1,000円均一の小皿が積まれていました。特に陶器が好きなわけではないのですが、まあ1,000円くらいなら小洒落た物があれば買うかな、くらいな感じで眺めておりますと、ワゴンの片隅に、「鳥獣戯画」の絵柄の小皿がありました。
個人的な事で恐縮ですが私は「鳥獣戯画」のミニチュアレプリカ全4巻を持っているほどのファンなので、これを見逃すわけには参りません。思わずその小皿を片手に、あまり興味ないけれどという態度で、フラフラと店内に入りました。
店主はにこやかに私を迎え入れてくださり、すかさず「いらっしゃいませ。今セール中なんですよ。」と言います。
しかし私はここで踏みとどまらねばならないと感じて「いや、これだけで…」とすぐにおいとまする意思を伝えたものの、瞬間的に店内の一品に目が釘付けになりました。
それは再び、「鳥獣戯画」の絵柄の湯飲み茶わんでした。定価を見たところ、数千円とあり、これはどうしたものかと迷いました。
その気持ちを察したのか店主が次におっしゃる言葉は「あ、それ?今なら定価の半額でいいですよ」というではありませんか。
こうなると私の頭は混乱して来ました。
そもそも定価って書いてあるけれど、この値段の根拠も何もないのに、さらに「今なら半額」と言われても、その価格の正当性に判断が付きかねたからです。
しかし私の口から出た言葉は、「じゃあ、これもお願いします。」
ほんの数十秒間で、ワゴンの1,000円ならばと店内に誘い込まれ、店主の口車に乗せられて、あっという間のクロスセル、ウン千円をその場で現金で支払いました。
飲み物だけ購入してすぐに仕事場に戻るつもりだったのに、しかも平日の仕事中、自分でも驚きの購買行動でした。
この行動を鑑みるに、2つの手法があることに気が付きます。
フット イン ザ ドア / Foot in the door
まずは目にとめてもらい、興味関心を惹いたところで購買行動を促進させる。外回りの営業マンが、「ちょっと、いいですか?」と訪問販売をしてお客さんのドアを開けてもらうテクニック。少しでもお客さんの心を開けてもらうことで、最初の対話ができます。
例えば、最初に小さな多くの人が受け入れられるようなお願いをしてから、買って欲しい商品を薦めるというテクニックです。これは一度要求を飲んでしまうと、そのあとの要求が断りにくくなる人間の性質を利用したものです。
アンカリング効果
アンカリング効果とは、最初に提示された情報に影響を受けてしまい、意思決定や判断に影響をおよぼす傾向のことです。私の場合は、最初に定価金額を見た後に、定価の半額で良いと言われたことで強いお得感を感じてしまい購入に至ったということです。
いまさら、とりたてて新しいマーケティング手法ではまったくありません。昔ながらのやりかたで私の購買行動を促進させられただけの日常の一コマです。
それでも、簡単にスルーできないものを感じて自分の中で整理してみました。この日の私の購買行動を時系列で図解させていただきます。
注目したいこととしては、顧客にあまり長く考えさせないことです。最初の購買行動と店内に入ってからの意思決定時間には圧倒的な差があります。こちら(顧客)としては、すぐに去りたいと考えています。
しかし、あちら(企業)としては、ここで逃がしてなるものか、という態度がにじみ出ます。それは顧客が「納得」するかどうかの瀬戸際の攻防になります。
結果は、長くいることもなく短時間でお店を去っているので、こちらは目的は達していることになりますが、一つだけ目的と異なるのは、顧客は、自らのお金(資産)を多く使っている事です。
さて最後に、冒頭の陶器屋さんの話に戻ります。
代金を支払い、帰ろうとした時、店主はおもむろに「ここにご芳名帳がありますのでお名前を…」ときたものですから、また数千円でネームまでとられちゃあと、ここはマーケターの意地で、それは柔らかくお断りした事を慎んでご報告いたします。