「行動デザイン」を学ぶ第7回:精神的コストの削減が、人の行動原理だ
今回は、第6回で触れた「人が感じる5つのコスト」(金銭的コスト、時間的コスト、肉体的コスト、頭脳的コスト、精神的コスト)の中で、もっとも見落としがちな「精神的コスト」について改めて考えていきたい。
人は自由を我慢して生きている?!
人は社会的な生物であり、他人との関係をうまく構築することが生存の鍵である。そのために他人の気持ちを思いやり、斟酌したり忖度したりしながら暮らしていく必要があるが、こうした活動には大量の認知資源(心のエネルギー)が必要なのだ。
「憎まれっ子、世にはばかる」という諺があるが、もし社会が全員、憎まれっ子ばかりだったらどうなってしまうだろう。幸いなことに、他人に憎まれないように振るまえる人の方が圧倒的に多いので「憎まれても平気な人」は常に少数であり、それゆえに時に他人に大きな影響を及ぼす(世にはばかる)。「憎まれるほど害はないが、他人に気を使わない」タイプの人間は「自由な人」と呼ばれ、集団の中では少し浮いた存在として認識される。多くの人はそう思われないように、「自由である権利」を抑制して我慢して生きているのだ。そのストレスもまた「精神的コスト」の一種ということになるだろう。
「他の人もやっている」選択に、人は心惹かれる
「同調」も認知バイアスの一種である。昔の実験だが、一人の被験者を除き全員が「サクラ」で、明らかに長さの違う棒を「同じに見える」と「サクラ」たちが言い出す環境の中で、被験者に「棒の長さが同じものはどれか」と聞くと、75%の人は「サクラ」に同調して同じ答え(長さの違う棒)を選んだという。「人と違う方向に歩く」「誰もやっていないことをする」といった行動は、自分だけが犠牲になるリスクがあるので、それを回避する方が脳の感じるコストは小さくなる。「多くの人に選ばれている」「○秒に1本、売れています」といった訴求が意外に効果的なのは、それを選ぶことで精神的コストを節約できるからだ(多数派同調バイアス)。
ある企業が就活生に向けて「内定式に自由な髪型で行ってはいけないのか?」と問いかけるキャンペーンを実施していた。筆者が教えている大学で学生たちにアンケートを取ったところ、「本音は自由な髪型で就活をしたいが、現実には難しい」と考えている学生が多かった。さらに2割の学生は、「内定式に自由な髪型で行って、内定を取り消されるのはやむをえない」と考えていた。「制服」の普及も「精神的コスト」で説明できる。好きな洋服を着る権利や自由が保証されている時でも、例えば、毎朝「何を着て行こうか」と悩んだり、クラスメイトと洋服がかぶって恥ずかしい思いをすることが実はストレスであり「精神的コスト」が大きいのだ。
「誰かがルールを決めてくれた方が楽」という気分は、確実に存在している。人は一般に押し付けられたルールには反発するが、自分の精神的コストを下げるルールなら喜んで同調する可能性がある。
郷土愛も精神的コストを引き下げる
制服のメリットは、このような精神的コストの回避だけではない。「集団への帰属を可視化できる」ことも制服や徽章の大きなメリットだ。集団から排除されたら、(特に古代では)生きてはいけない。集団への帰属、集団が共有する規範への同調は、生存に関わる重要なテーマだったのだ。
「郷土愛」のような感情も「精神的コスト」に関わっている。47都道府県対抗で競わせる、あるいは各都道府県の代表を選定する、といったタイプのマーケティングは、昔から存在しているが、今日でも各社が採用し一定の成果を上げていると聞く。自分の出身地を代表するような商品を自分が選択しないことにも、他人がそれを選ばない(否定する)ことにも強い感情が生まれ、その感情の処理に大きなエネルギーが消費される。自県代表の商品を自分で買うという行動は、むしろ精神的コストの削減につながるので喚起しやすいのだ。
人は他人のためなら動きやすい
顧客本人が「欲しい」「したい」と思っていても、それが行動につながるとは限らない。その障壁はさまざまだが、その多くは「5つのコスト」で大体、説明がつく。例えば、「ロボット掃除機を欲しい」と思った主婦(特に専業主婦)が購入をためらう理由は、実は「金銭」よりも「精神的コスト」が大きいという。なぜなら普段、家庭にいることが多い専業主婦の場合は、特に自分が家にいてテレビを見ている間にロボットに掃除をさせている状況に「後ろめたさ」を感じ、「誰かに後ろ指を指されるのでは?」と気が引けてしまうからだそうだ。昔、食器洗浄器が普及し始めた時代にも同じような話があった。
だから、食器洗浄器のセールストークの決め手は「あなたの家事が楽になりますよ(自分が手抜きできる)」ではなく、「皿洗いを機械に任せれば、その分子どもや家族と触れ合う時間が生まれますよ(家族の時間を生み出す)」だった。自分のためには行動しにくくても、家族や大事な人のためには行動しやすいのだ。
OK率を高めて、押し付け感を回避する
旅行や外食に一人で行く人はまだ少数なので、行き先に関しては相手の同意が必要になる。本当はマニアックなところに行きたくても、相手にその趣味を押し付けるのは抵抗がある。筆者は「OK率」と呼んでいるが、相手が喜んで同意しそうな行き先(=OK率が高そうな場所)が提案され、採用されることが多い。だから誰もが否定しにくい無難な場所、「みんながよく行く場所」が「鉄板」としてますます一人勝ちしていくのだ。外部の評価サイトの評価スコアが参照されるのは、評価が高ければ不安(精神的コスト)が削減されるからだ。評価サイトの評価が高くない、あるいは評価サイトに出てこないような観光地、テーマパーク、外食などは、この「OK率」をどう高めるかがブランディングやコミュニケーションの課題になる。
次回は・・・
次回からは、どのように「5つのコスト」に向き合い、人を動きやすくするか、という「行動デザイン」の具体的なテクニックを紹介する。 國田 圭作(くにた けいさく) 嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。