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「行動デザイン」を学ぶ第6回:人は損をしたくない生き物

人がなぜ思うように動かないのか、を考える上で行動経済学の知見はいろいろと参考になる。その一つが「認知バイアス」と呼ばれる人の思考のくせ(偏り)だ。今回は認知バイアスを巡る解説を行う。

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目次

100円ショップの成功の裏に認知バイアス?!

人は手に入れたもの(利得)より、失ったもの(お金)を過大に評価しがちであることが知られている。これは「プロスペクト理論」と呼ばれ、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱した(ダニエル・カーネマンはその後2002年、ノーベル経済学賞が与えられた)。

「百均ストア」(100円ショップ)の成功は、この認知バイアスをうまく織り込んだ点にある。「百均」の魅力は、支払う金額を100円玉という、意識の中では「最小単位に近い金額」に固定することで、「損失」意識も最小化していることにある。つまり、百均では何を買ってもだいたい「利得」しか感じないようになっているのだ。「百均」を始めた創業者(大創産業の創業者、矢野博丈氏)の伝記によると、一人でたくさんのお客様を次々とさばかなくてはいけない移動販売中に、一つひとつの商品に細かく値づけをしている余裕がなかったので、とっさの判断で「どれでも100円でいいよ」と言ってしまったのが「百均ストア」誕生の瞬間だったと書かれているが、それは図らずもノーベル経済学賞の理論を裏づける偉業だったのだ。

お金だけでなく人は損をしたくない

行動経済学が明らかにした、「人は経済的な効用を得たいのではなく、損失を回避したいだけだ」という人間の行動原理は、まさにマーケティングにおける「インサイト」である。「損をしたくない」という顧客のインサイトにどれだけ寄り添えるかが、マーケティングの成否を左右するといってもいい。筆者自身も、欲を出して買った株式が大幅に値下がりしていた時に「損切り」できず、そのままにして「損失の確定」を回避していた(実際には損失はむしろ拡大した)経験がある。こうした不合理性は「損失回避バイアス」と呼ばれていて、多くの不可解な行動がこれで説明可能である。

「損失」というと「お金?」と浮かんでしまうが、実は「損失」、つまりコストは金銭だけではないこと注意しなくてはならない。人類が貨幣を使い始めたのはせいぜい数千年前であり、それまでの数万年にわたる人類の歴史にお金はまだ存在していなかったと考えられている。人の脳の進化は数万年前に完了し、ほぼそのままの状態で現在に至っている。つまり、脳は「お金」ではない他のコストもお金と同じように「損失」と捉え、それを失う痛みを強く感じることで、損失を回避するように進化してきたのだ

人は「損」をしたくない。しかもお金以外にも、人はお金と同じように損失したくない

 例えば、人の使用可能な時間や身体的・精神的エネルギーは、有限で貴重な資源だ。家族や集団との信頼関係も失うと取り返しのつかない希少なもので、これも一種の資源といえる。それらをいかに減らさないようにセーブして上手に使うかが、人の本質的、本来的な行動原理だったと考えられる。

人がコストを感じる対象は5種類

楽天大学学長の仲山進也氏は、「5つのコスト」として、人がコストを感じる対象を簡潔に整理している。1つ目はもちろん「金銭的コスト」だが、それ以外に「時間的」「肉体的」「頭脳的」「精神的」コストがある、というのだ。

「5つのコスト」とは、「金銭的」「時間的」「肉体的」「頭脳的」「精神的」を指します

現代人はやらなくてはならないタスクが多く、常に時間に追われている。現代人にとって、時間はもっとも希少な資源ではないだろうか。女性も働くのが普通の社会になったことで、家事の「省時間」をサポートする商品がヒットしている。美容に関しても、昔はたっぷり時間をかけて身繕いをすることに価値があったように記憶しているが、今は「時短美容」が求められている。

遠くまで移動するという行動は、「時間」と「肉体」のダブルコストを必要とする。だから小売業において「近いこと」は圧倒的な価値になるし、スマートフォンで買い物ができるならネットショッピングほど「近い店」は存在しないだろう。インバウンドの観光客も、4分の3は東アジア主要4カ国/地域(中国・韓国・台湾・香港)からやってくる。レジャーにおいても「近いこと」は決定的な要因なのだ。たとえ、千葉県に立地していたとしても、「東京○○」と名前を付けることで心理的な距離感はぐっと縮まる。

多忙な現代人には、選択肢を3つに絞るべし!

筋肉を使い、貴重なエネルギーを消費する肉体的な手間は、誰もが比較的想像しやすいコストなので、それを節約するような商品や「代行サービス」が多数存在している。その一方で、意外に見落としがちなのが「頭脳的」コストと「精神的」コストだ

第4回の連載でも触れたが、脳は意外にエネルギーを使う。「考えること」「何かを思い出そうとすること」「選択すること」にもコストがかかっている。そのたびに貴重なぶどう糖がどんどん減っていく。「それならダイエットになっていいじゃないか?」と思うかもしれないが、人の調節機能はうまくできていて、消耗する前に燃料ポンプの栓を閉めて「セーブモード」に切り替えてしまうのだ。コロンビア大学教授のシーナ・アイエンガー氏が行った、有名な「ジャムの試食販売」の実験では、比較するジャムの候補が多くなりすぎると買上率が下がったという。選択肢が多いことは一見、顧客のメリットのように感じるが、実際には「情報の過負荷」が発生し、人は判断プロセスを中断して、商品を買わずに売場を立ち去ってしまうのだ。人が同時に処理できる情報の塊(チャンク)は多くて7つという説があるが、多忙な現代人には3つくらいがちょうどいい。提示する選択肢は常に3つに絞るべし、と筆者は考えている。

人は選択肢が多いと、かえって選べなくなる

最後の「精神的コスト」は、人に気を遣うことや、自分を責めたり、気恥ずかしいとする感情のコストだ。そうした感情の動きにも、いちいちエネルギー消費が伴うのだ。しかしそのコストは、外側からは見えにくいものなので、見逃されやすい。それゆえにこのコストの扱い方を知ると大きな成果を得ることができる。

次回は・・・

次回は、「頭脳的」コストとともに人が見落としがちな「精神的コスト」に着目し、もっと掘り下げて解説する。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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