「実践!ABM入門」 ~ABM(Account Based Marketing)を実践するために必要なデータ収集と分析手法~
「ABM」すなわち「アカウント・ベースド・マーケティング」の“アカウント”とは、取引先企業のことを指しています。したがって、アカウント・ベースド・マーケティングとは、「企業単位」でターゲットを捉えるマーケティングという意味です。本記事では少し掘り下げてABMについてご説明したいと思います。
- 目次~ABMについて本記事でご紹介する内容
BtoBマーケティングの世界で、このところ最も関心が高まっているのが「アカウント・ベースド・マーケティング(Account Based Marketing)」、略して「ABM」です。下のグラフ画像は、Googleでの「ABM」検索件数を時系列に置いたものです。2015年から急増していることが分かります。検索結果ページにはたくさんのABM関連記事が並び、書店やAmazonでもABMを解説した単行本が増えつつあります。
検索結果ページに表示されるABM関連コンテンツは「ABMとは何か」という概要の把握には大変役に立ちます。ただ、「具体的にどのように実践すればいいのか」という問いに答えているものはあまり多くありません。そこで当記事では、ABMを実際に運用するために必須となる『データの収集』や『分析』『KPI』に焦点を当てた解説をしたいと思います。
なお、当記事はクライアント様向けに行っている社内関係者限定の勉強会(プライベートセミナー)の内容に基づいています。より詳細な説明を聞いてみたい、ABMを導入するために社内に理解者を増やしたいとお考えの方は、ぜひ弊社までお問合せください。
ABMとは何か?
まず、「ABMとは何か」ということに対して、弊社なりの考え方を最初に簡単にご説明し、理解の基盤をつくっておきたいと思います。
「ABM」すなわち「アカウント・ベースド・マーケティング」の“アカウント”とは、取引先企業のことを指しています。したがって、アカウント・ベースド・マーケティングとは、「企業単位」でターゲットを捉えるマーケティングという意味になります。
ABMの理解促進のために、あえて反対語を挙げるとしたら、それは「IBM:Individual based Marketing(インディビジュアル・ベースド・マーケティング)となるでしょう。ここで言う「IBM」は、「インディビジュアル・ベースド」すなわち、「個人単位」でターゲットを捉えるマーケティングという意味になります。(ただし、一般的にはマーケティングの対象はBtoBの場合でも多くは企業内個人ですから、「IBM」というマーケティング用語が使われることはありません。)
一方、ABMは前述したように「企業単位」でターゲットを捉えるマーケティングです。では、なぜBtoBマーケティングにおいて「個人単位」ではなく「企業単位」で捉えるマーケティングが必要なのでしょうか。それは、法人向け商材の場合、課題の認識から情報収集、比較検討、そして購買(契約)決定までのプロセスに、様々な部門、様々な役職の人が関わることが多いからです。
例として、クラウドツールのグループウェアを導入しようと考えている企業を挙げて考えてみましょう。最初に導入を考えるのは現業部門のマネージャーでしょうか。小さな企業であれば、マネージャーの決裁だけで導入OK!ということがあるかもしれません。しかし、一定以上の規模の会社となれば、セキュリティに瑕疵がないかを確認するためIT部門も検討に参加してもらうことが必要になるでしょう。また、全社規模で導入するとなったら、全体を統括する総務部門も関わってくるでしょうし、最終決裁は経営会議で役員が検討した上で下される。こんなプロセスをたどるケースが多いのではないでしょうか。
このように複数の関係者が購買決定プロセスに関わることが多いBtoBのマーケティング・セールス活動においては、最初に接触した担当者だけでなく、製品選択に影響を与える他部署の方や決裁権限のある方とも、できるだけ接触を図ることが有効です。それぞれの部署における各関係者の役職・権限や社内の利害関係なども考慮したうえで、適切な情報提供やコミュニケーションを通じて、受注確度を高めていく必要があります。
ただし、上記のようなマーケティング・セールス活動は「言うは易し」ですね。同一企業内の複数の方との関係形成を図るのは難度が高く、大きな労力を要することであり、すべての顧客・見込企業に対して行うことは困難です。このため、投下する労力にふさわしい見返りが得られると期待できる企業(多くの場合、予算規模が大きい大企業など)に絞り込むことが必要です。この絞り込まれた企業のことをターゲットアカウント(あるいはキーアカウント、戦略クライアントなど)と呼んだりします。
日本企業の営業スタイルは、昔から狙いを定めた特定アカウントの組織内に入り込み、複数の部署のキーパーソンを把握し、それぞれの方々と関係形成を図りながら進めるというスタイルが多く採られてきました。ですから、ABMという考え方は日本人にとってはあまり目新しいものではありません。
とはいえ、ABMは営業活動そのものではありません。「アカウント・ベースド・マーケティング」の略であることからもお分かりのように、営業=セールス活動そのものではなく、ターゲットとなる企業全体を把握しながらマーケティング活動を実行するところが特徴です。(ここでのマーケティング活動とは、新規の見込客を獲得し、育成し、見込度を高めて、「有望見込客リスト(ホットリスト)」を抽出し、営業に渡すまでの、営業活動の前段のプロセスを指します。)
「ABM」について、まとめると以下の定義が可能です。
・BtoBいわゆる企業向け商材の購買は、しばしば個人ではなく組織内の複数の関係者が関わることから「組織購買」と呼ばれる。
・「ABM」は、同一企業の複数の関係者に対し最適なコミュニケーションを適切にマネジメントすることを通じ受注確度を高めようとするもの。
したがって、「ABMとは組織購買への最適化マーケティング」と弊社では定義しています。
MAを活用したABMの実践
日本においてBtoBの営業パーソンはこれまで、企業単位でクライアントを攻略してきたということを先に述べました。この営業活動はある種の職人芸であり、データを用いて計数管理を行うことはほとんどありませんでした。
一方、企業内関係者全体をターゲットとして捉え、マーケティングを行う「ABM」は、デジタルマーケティングを駆使して、顧客・見込客アカウントに紐づく関係部署、担当者に関する様々なデータを蓄積し、データ分析に基づくコミュニケーション施策の企画と実行、効果検証と改善施策の展開というPDCAサイクルを回しながら、より高い成果を目指すことが目的です。
このため、顧客・見込客データを蓄積するデータベース機能に加えて、個人単位だけでなく企業単位での分析が可能な分析機能、さらには、eメールや電話でのコミュニケーションを統合的に管理できる機能などを備えたMA※ツールが必須となります。できれば、ABM専用のMAツールを採用するのが望ましいでしょう。
※MA=マーケティングオートメーション
当記事では、ABM専用のMAツールについての詳しい解説は別の機会にゆずりたいと思います。というのも、ABM専用ツールのほとんどはまだ日本語化されておらず、日本企業が導入するにはハードルが高いからです。
したがって、現在ABMを実践する場合は、なんらかのMAツールを導入した上で、ABM実践のためのデータ分析やコミュニケーションシナリオの企画・設計を追加的に行う必要があります。MAツールからデータをダウンロードし、エクセルで集計・分析を行うといった手作業が発生することがあるでしょう。
なお、現在、一通りのABM機能が搭載されているMAツールとしては、「Marketo」が挙げられます。他のMAツールにおいても、今後ABM機能が随時搭載されていくものと思われます。
MAツールを活用したABMの基本手順
残念ながら、ABMの取り組み方について、現時点で「これが鉄板です!」と言えるほどの方法はまだ確立されていません。
ここでは、どのMAツールを採用にするにしても、ほぼ同じと考えられる基本手順について示したいと思います。
1 ターゲットアカウントの選定
まず、ABMの対象とすべきターゲットアカウントの選定です。ここで大事なことは、自社にとって重要性が高いアカウントを見つけ出せるかということになります。できれば、マーケティング部門と営業部門の協議を踏まえて選定することが望ましいでしょう。
現在の取引額が大きいクライアントから順に選んでいくといった方法以外に、今後大きな成長が見込まれ、それに伴い自社との取引額も拡大する可能性のあるクライアント、あるいは、市場が拡大している業界セグメントに属していて、市場の拡大とともに成長が期待されるクライアントなどが挙げられます。
2 ターゲットアカウントについてのデータ収集・データベース化
ターゲットアカウントに所属する方々の名刺情報やセミナー・イベント参加状況などをデータ化してMAツールに投入します。(すでにMAツールを導入されている企業の場合、初期のデータベース化は完了していることでしょう。)
法人を相手にしたマーケティングの場合、担当者の役職変更や部門異動は避けられません。その情報がいつ時点の情報なのかを把握できるようにしておくことも大事なポイントです。
また、売上高や従業員数、工場数ともいうべき「企業属性」データを付加しておくと、ターゲットの絞り込みに活用できます。データを付加する方法は、東京商工リサーチ等が提供している企業情報データを購入し、自社データとマッチングさせておくといった方法が一般的です。
3 ターゲットアカウントデータ分析に基づく、コミュニケーション施策の企画・設計・制作・運用
ターゲットアカウント、それぞれのキーパーソンの「ユーザーペルソナ」や「ユーザージャーニー」なども踏まえ、どのようなコンテンツをどのようなタイミングで、どのように提示するかを検討しコミュニケーション施策を立案していきます。言い換えれば、MAに実装するためのコミュニケーションシナリオの設計になります。次いで、必要なコンテンツの開発やeメールの運用、アウトバンドコールなどを組み合わせた実際のコミュニケーションの運用をおこないます。
MAツールの機能をフルに活用しましょう。ターゲット企業それぞれの特徴を理解し、企業内のキーパーソン一人ひとりのユーザージャーニーを把握し、可能な限りパーソナライズされたコミュニケーションを目指します。これは、ABMだけでなくMA活用のコミュニケーションにおいては基本中の基本ですが。(コミュニケーションを細かく分けたうえで、「ここは今はやらない」「ここまでをやる」などの優先順位をつけると、目指すべき道筋が明確になるのでオススメです)
4 企業単位での反応データに基づく効果検証と改善施策立案
実施したコミュニケーション施策に対し、メールの開封、メールのクリック、サイト訪問、eBOOKのダウンロード、見積依頼など様々なデータがMAツールに蓄積されていきます。これらの反応データを元に、個人単位だけでなく、アカウント単位で集約し分析をおこないKPIを測定します。また、有望度に関してスコアリングをおこない、有望なアカウントである「MQA※」を抽出します。測定したKPIにおいて、目標と実績にかい離(おもにマイナスのかい離)があった場合に、修正すべき箇所の仮説を出し、改善施策を立案し、実行に移します。※MQAについては後述します。
ABMの場合、アカウント単位でデータを分析するという視点が、BtoCすなわち個人向けのマーケティングと大きく異なるポイントです。KPIの設計方法や分析方法については項を改めて解説します。
以上が、MAツールを活用したABMの基本手順になります。言葉で説明するとすごくあっさりした印象を持たれるかもしれませんが、実際はこのサイクルを絶えず継続させることがとても重要になります。
概念上とても優れている設計でも、継続できない運用が前提になってしまっていては元も子もありません。得てして初期段階では、あれもこれもと色々盛り込んでしまいたくなるものですが、継続できるかの視点で見直してみてください。
ABMのKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)例
ABMにおいては、文字通りアカウント単位でデータを集約、分析を行って数値化しKPIとして管理します。
ABMに用いられるKPIは多数ありますが、今回は以下3つのKPIをご紹介します。
・アカウント単位リード合計数‐Number of Total Leads
通常は、リード(見込客)が何人かという把握をおこないますが、ABMでは、アカウントごとつまり企業単位でそれぞれ何人の見込客を保有しているかどうかを把握します。例えば、以下のようにアカウント別の数字を見るわけです。
‐A社:6人
‐B社:12人
‐C社:23人
アカウント単位リード合計数は、多ければ多いほど良いと言えます。上記のC社の場合、コミュニケーションが行える見込客が23人いるため、A社、B社と比較すると、相対的にはC社に対する自社のインパクトは大きくなるわけです。ただし、見込客が同じ部署の方ばかりだったり、肝心のキーパーソン(事業部長など)が見込客として捕捉できていなかったりすれば、どんなに見込客数が多くてもその価値は高くありません。
そこで、企業単位のリード数という「量」の評価だけでなく、どんな部署のどのような役職の方を見込客化できているか、という「質」の評価も併せて行う必要があります。それが次にご説明する「アカウントカバレッジ」です。
・アカウントカバレッジ‐Account Coverage
アカウントカバレッジとは、自社製品の購買意思決定にかかわる部署をどの程度カバーできているのかを評価するKPIのことです。
例えば、あるターゲットアカウントは5部署で構成されているとする場合、その5部署をどの程度カバーできているのか、あるいはキーパーソンがターゲットアカウント内に10人いたとして、そのうち何人を見込客化できているかという指標になります。
アカウントカバレッジの活用方法としては、組織図のような形にしたり、あるいは部署別や役職別のマトリックス上に捕捉できている見込客を配置したりして使うのが分かりやすいです。視覚的にどの部署のどのキーパーソンまでカバーできており、一方、どこが抜けているかが一目瞭然になるためです。このマトリックスのことを「ピープルマップ」と呼びます。
・マーケティング認定アカウント‐Marketing Qualified Account(MQA)
MAに詳しい方ならなじみ深い言葉として「MQL」という言葉があります。Marketing Qualified leadすなわち「MQL」は、継続的なコミュニケーションを通じて見込度が向上した人であることをマーケティング部門が認定した見込客のことを指します。
通常のMAであれば、このMQLは「ホットリスト」として営業部門に渡されるわけです。営業部門では、「ホットリスト」の見込度に応じてさらに担当営業に割り振られたり、場合によっては、担当営業に割り振られる前に、インサイドセールスによるアウトバウンドコールをするなどのリストとして活用されるわけです。ABMでもMAと同様に、マーケティング認定アカウント、すなわち「MQA」は、企業単位で見込度が高いとマーケティング部門が判断したターゲットアカウントのことになります。例えば、現場部門のキーパーソン、IT部門のキーパーソン、そして担当役員がそれぞれ自社メールニュースに頻繁に反応し、Webサイトを訪問していたら、自社製品に対する当該企業の関心度はかなり高いと判断できるでしょう。こうした見込度合いは、MQLと同様、顧客の反応内容に応じて得点化するスコアリングをおこないます。
こうして、MQAは、企業単位での「ホットリスト」として抽出され、営業活動に活用されるものとなるわけです。ABMにおいては、MQAをどれだけ生み出せるかが究極のKPIです。
狙いを定めて攻めるのがABM。ABMの目的は「MQA」の創造
最後に、当記事のまとめとして、以下のファネル図に基づいて、ABMにおける絞り込みのプロセスをご説明します。
まず、全対象アカウントから、重点的に攻めたい「ターゲットアカウント」を選定することからABMはスタートします。
1 ターゲットアカウントを「見込客化」して、コンタクト可能アカウントへ
そして、前述の「ピープルマップ」において判明した、カバーできていない部署・キーパーソンを「見込客」として取り込むため、IPアドレスからターゲットアカウントの企業名を割り出し、その企業だけにディスプレイ広告を打ってWebサイトに誘導したり、あるいは電話をかけたりすることで、キーパーソンに到達し、連絡先メールアドレスを教えてもらうなどして、コンタクト可能なアカウントを増やしていく、またターゲットアカウント内のコンタクト可能なキーパーソンを増やしていくという活動をおこないます。
2 コンタクト可能なアカウントを育成して、マーケティング認定アカウントへ
次に、コンタクト可能なアカウントに対しては、部署、役職別、また購買意思決定段階のうち、どの段階なのかを考慮したコンテンツを制作してWebサイトに掲載し、メールニュースやダイレクトなeメールによるコミュニケーションをおこないます。時に、郵便のダイレクトメールや電話でのヒアリングも活用します。
3 マーケティング認定アカウントを営業チームへ
こうして、アカウントの育成を図った結果としてマーケティング認定アカウント、すなわち「MQA」を抽出したら、営業チームへと渡すことになります。前述したように、MQAに対しては、インサイドセールスチームや営業担当者がアウトバウンドコールをおこない、自社製品に対するニーズが顕在化しているか、案件化の可能性が高いかを見極めたうえで本格的な営業活動に入るという形が理想です。
以上、ABMについて、データ収集・分析やKPIをメインに解説してまいりました。ABMの実行手順の多くは、従来のBtoBのアプローチ、またBtoCのデジタルマーケティング施策と手順に大きな違いがありません。ABM特有の方法は、収集するデータやその分析・活用方法なのです。
冒頭にも申し上げましたが、ABMについてさらに詳しく知りたい方はぜひ弊社までお問合せください。