「行動デザイン」を学ぶ第3回:「レーンチェンジ」を意識せよ!
第2回で「行動を通じて人はモノと関わっている」という話をした。このことについて、「レーンチェンジ」という方法論も交えてもう少し詳しく解説したい。ここでいう「レーンチェンジ」とは、ターゲットを「近くの他の行動」へと移行させる手口、という意味である。
ジョッキだからつい、豪快に?!
突然だが、頭の中で生ビールのジョッキを思い浮かべてほしい。把手が付いている例のやつだ。なぜ把手が付いているのか? 大きな容器に並々と飲み物を注ぐと重いし、ジョッキの径が太くて把手がないと持ちにくいからだ。つまり、把手がジョッキをやすやすと持ち上げるという行動をアフォード(支持)している(これが第2回でも触れた「アフォーダンス・デザイン」の発想だ)。そして、あなたと同時に隣の客もジョッキを持ち上げることで、自然に「乾杯行動」が生まれる。豪快にジョッキを飲み干すという行動にも連鎖する。このように、把手のついたジョッキという装置の発明が、ビール行動を拡大してきたのだ。最初からここまで緻密に計算してジョッキがデザインされたわけではないだろうが、ある形状が必然的にある行動を作り出した例である。
実は、このジョッキを初めから計算に入れてヒットしたのが「ハイボール」マーケティングだ。売れすぎて原酒が足りなくなることは計算外だったと思うが、それは1回あたりの飲用「量」と関係がある。
肝は、行動を「新しく」できるか!
以前の日本では、ウイスキーという酒は食事をした後に、グラスで味わうものだった。その意味でジョッキとウイスキーの組み合わせは一種のイノベーションである。なぜなら、日本人には度数が強く、量を飲めないウイスキーという酒を、炭酸とレモンで割って飲みやすくし、ジョッキで豪快で飲むというスタイルを普及させて、ウイスキーをビールと同じ食中酒の土俵に持ち出すことができたからだ(唐揚げに合う、などの提案はまさに食中酒化が狙い)。
さらに、ジョッキは「乾杯行動」と「飲み干し行動」を誘発するので、飲食店で最初にオーダーする飲料というポジションの獲得につながる。それは今まで生ビールが独占していたポジションだ。こうしてハイボールは、ウイスキーを「量を飲める酒」に変えた。ジョッキによって行動が変わったことで、ウイスキー自体は昔のままなのに、人とウイスキーの関係は大きく刷新されたのだ。このように、モノを変えなくても行動を新しくできれば、人とモノとの関係性(=価値)も新しく生まれ変わる。行動を通じて、人はモノと関わっているからだ。
レーンチェンジとは、適度な不一致への移行?
こうしたダイナミックな転換を、行動デザインでは「レーンチェンジ」と呼んでいる。ここで重要なのは、切り換える先のレーン(例えば「生ビールレーン」)にすでに強いなじみがあることだ。なじみ(親近性)は好意を形成する(単純接触効果、ザイアンス効果などと呼ばれる)。人はリスクを避けたいので、知らないところには行きたがらない。だから現在、あまり人気がない(つまり心理的距離が遠い)対象を使ってもらうには、それを「どこかで見たような、でも新しい」という組み合わせの中に置きなおす必要がある。それがまさに「ありそうなのに、意外になかった組み合わせ」の活用なのだ。
一見奇抜な新製品や行動の採用が定着したプロセスを観察していくと、ほぼこうした「レーンチェンジ」が工夫されている。古くは明治以降に日本人が採用した「ラーメンを食べる」という新行動だ。中国起源のラーメンが日本の食生活になじんだきっかけは「中華そば」というネーミングが大きい。だからラーメンという異国のフードのレーンから、親しみある「そばレーン」に「レーンチェンジ」できたのだ。そこに「適度な不一致」が生まれることで、人は「おそばなのに中華?」と気になる。最近はアゴだしラーメンなど、和風のだしを効かせたタイプもよく見かける。一度、「レーンチェンジ」に成功すると、その先にまた新しいレーンの可能性が広がっていく。
「ちょっと軸をずらす」視点を持てるか!
「レーンチェンジ」発想のポイントは「ありそうなのに、意外になかった組み合わせ」の発見である。前回も触れた成田国際空港の第3ターミナルに向かう歩道の事例は、「殺風景なただの歩道」から「陸上競技の長距離トラック」へのレーンチェンジといえる。そこでは「空港」と「スポーツ(陸上競技)」という新しい組み合わせが発想されている。
では、こうした新しい組み合わせ(言い換えれば、新しいけれど、どこかで見たような気もして安心できる、という組み合わせ)を発見するにはどうしたらいいのだろう?
必要なのは「ちょっと軸をずらす」という視点だ。「食べる+ラー油」や「子ども+店長」も「軸ずらし」の一種だ。同じ軸の上にある言葉や概念同士は、組み合わせやすい。つまり、すでに思いついた人がいる可能性が高い。例えば、ラーメンというと中国を連想するから「広州」や「北京」と「湯麺」は誰でも組み合わせられる。しかし、モンゴルにラーメンのイメージはないので、「蒙古」と「湯麺」の組み合わせはなかなか思いつかない。でも中国の隣の国だからそんなに不自然ではない。そして「湯麺」には親近感があるから、たとえ激辛でも安心してチャレンジできる。
既存の「ラーメンスキーマ(脳の中のラーメンにまつわる記憶の連想ネットワーク)」にとらわれずに、「中国の隣」をパッと思いつけるかどうか、が行動デザインに求められるクリエイティビティなのだ。
次回は・・・
「なぜ人は思うように動いてくれないのか?」のそもそもの理由について顧客に迫ります。
國田 圭作(くにた けいさく)
嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。