「行動デザイン」を学ぶ第10回:買い手の「主観的な感覚」を捉えよう
金銭的コストを下げるための行動デザインの手法について、第9回で「フレーミング」や「アンカリング」について触れたが、それら以外にも手法がある。今回はその他の手法を通じて、金銭的コストに関する行動デザインについて、さらに理解を深めよう。
金銭的コストとは主観である
金銭的コストは、あくまで買い手の主観的「コスト感」であることを忘れてはならない。
律儀に原価を計算して、ぎりぎり利益が出るように価格設定をする良心的な売り手も多いと思うが、そうした内部の事情は買い手にとってはまったくの関心外であることに注意してほしい。買い手が認識できるのは、財布から「今、いくら失われるか」「失わずに済むか」という現在性バイアスや損失回避バイアスによるコスト評価か、自分の中にすでにある「参照点」に対して「安いか高いか」という評価だけなのである。
価格の「参照点」は、いわゆる「値ごろ感」のことだ。多くのカテゴリーについて、人はすでに何らかの「値ごろ感」を持っているので、それを崩すのは難しい。むしろ、他の違う商品に対して持っている値ごろ感をうまく活用する方が話は早い。
買い手はいちいち原価計算しない
例えば、「金」という金属について、おそらく地球上のすべての人が「金は最も高いもの」という参照点を持っているだろう(そうでなければ、IOCは金メダルを採用しなかったはずだ)。だから、納豆でも「金」、ビール系飲料でも「金」は高い参照点があり、その価格が安ければ買い手は大きな効用(満足)を手に入れることができる。かつて中内功氏(ダイエー創業者)は自らを「PB大魔王」(PB=プライベートブランド)と自称し、PB比率の向上を目指したが、なぜかPBのネーミングに「金」をつけるという発想には気がつかなかった。
まだ参照点が一般化していない新製品(新しいカテゴリー)の場合は、人は何か類似点のある参照点を借りてきて参考にしようとする。ハンバーグという料理(ドイツのハンブルグにはそんな料理はないというが)を日本に初めて持ち込むときに、すでに「ステーキ」という牛肉料理に高めの参照点がつけられているとしたら、「ハンバーグステーキ」という“正式名称”で呼ぶべきである。また、鶏肉を焼いただけの料理もチキンステーキと呼ぶ方が、食べる側の気持ちも、お店の収益も上がるはずだ。
このように、買い手は楽に呼び出せる参照点を手がかりに主観的コスト感で意思決定している。忙しいし、いつも疲れている買い手は、いちいち原価計算などしていないのだ。
人は本当の財布のほかに、「心の財布」を持つ
「心の財布」(メンタルアカウンティングと呼ばれる)も、主観的コスト感の一種だ。人はお金を心の中で「色分け」して、違う袋にしまっている、と言われている。
今の若い世代にとって、携帯キャリアに払う毎月の通信費は、昔の世代の水道光熱費に匹敵する重要な費目だろう。食費など他を切り詰めても一定枠を維持したいと考えるはずだ。それ以外の費目、例えば趣味系の毎月課金型のアプリはアルバイト代が入ってこない時は真っ先にカットの対象になる。逆に、携帯キャリア内のアプリサービスとして会員になっている場合、その費用は心の財布では「通信費」になるので、あまり出銭が気にならなくなる。
無料アプリは障壁が低い。アプリ内課金あり、と書かれていても最初が無料なら人は安心して入っていける。無料携帯ゲームにハマっている人は、よく「ガチャ」に突っ込んでいると聞く。そこでしっかり課金されているのだが、「ガチャ」を回す快感が強烈で、その快感を得るために、元のゲームに対する予算意識とまた別の「心の財布」が開くのだろう。こうした射幸性は、人のもともと持っているゲーム(狩猟)本能のようなものを刺激するので、抗いがたい。
別の財布を狙おう(狙い目を変えてみよう)
それにつけても、「無料」のパワーは凄まじいものがある。今の経済社会の大きな課題は、せっかく長年、人々が受け継いできた多くの商品の価格参照点を「ゼロ」にしてしまったことだろう。
今に始まった話ではない。1950年代以降、世界中で映画産業が衰退したのは、どこの国でもそれまでの映画が有料で、新参のテレビが無料だったからだ。無料であることの「対価」として人はテレビCM(広告)を受け入れた。これだけ有料放送や有料動画配信サービスが普及してもなお「無料テレビ」が強いのは、一度形成された「無料」という参照点を壊すことがいかに難しいか、の裏返しでもある。
「無料」という参照点は、現状維持バイアスや損失回避バイアスにより強力に守られているのだ。「1カ月無料」や「3カ月無料」でフリーライドして逃げ出す層、逃げ忘れてそのまま課金されてしまう層、それぞれある程度で存在はするだろうが、多くの人が「ずっと無料(の地上波テレビ)」を参照点にしている限り、無料キャンペーンはあまり効果的な手法とは言えないように思う。例えば「娯楽」という財布ではなく、「教育」という違う財布を狙う別のアプローチが必要ではないだろうか? みなさんの会社でも、今まで顧客が使っていた「財布」を把握し、それとちょっと違う財布を狙ってみてはどうだろう。
贈り物に原価意識は働きづらい
最後にもう一つ、「贈り物」にしてしまうというアプローチも、金銭的コストを気にならなくさせる一つのやり方だ。お金をむき出しで渡すことが儀礼上のタブーであるように、ギフト化(儀礼化)は細かく原価計算をするような損得意識を吹き飛ばしてしまうパワーがある。
ギフト商品はよく、ざっくり1万円単位で価格設定されている。ギフト化すると、価格参照点が変わってしまうのだ。
最近は商品梱包を開くときの体験価値(「開封の儀」)を重視する企業も増えたが、エコに問題がない範囲で無駄なく、儀礼性を堪能できる包装にこだわるべきである。他人へのギフトで包装にこだわるのは当然だが、自家消費の商品でも「贈り物」の見立てが有効だ。多くの商品は「自分へのご褒美(ギフト)」という“言い訳”によって(多少高くても)購入されているからだ。
次回は・・・
「人が感じる5つのコスト」のうち、第8回から第10回までは「金銭的コスト」を解説してきました。次回からは残り4つのコスト(時間的コスト、肉体的コスト、頭脳的コスト、精神的コスト)について、行動経済学の「ナッジ」(「肘でちょっとつつく、背中をトンと押す」という意味)とともに解説します。
國田 圭作(くにた けいさく)
嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。