1. HOME
  2. ブログ
  3. 「行動デザイン」を学ぶ第11回:時間的コストについて

「行動デザイン」を学ぶ第11回:時間的コストについて

前回まで、「人が感じる5つのコスト」のうち、特に「金銭的コスト」に焦点を当てて解説してきたが、改めて「コストはお金だけではない」という点を強調しておきたい。その他の4つのコストの中で、近年、特に注目されているのが「時間的コスト」だ。今回は時間的コストについて考えてみよう。

「行動デザイン」を学び深めたいあなたには、連載記事公開の時にお知らせメールをお送りします。以下フォームよりご登録して下さい。
個人情報保護方針に同意いただけましたら、ご登録ください。 ※メール配信開始後、メールの配信停止を希望される方は、メール下部より配信停止設定を行うことができます。
目次

強まる「時間が足りない」感覚

最近は、家事代行サービスなどを頼む家庭も増えていると聞く。夫婦ともに働くことが一般化した社会では、何かを自分で行う時間コストが気になるので、金銭的コストをかけてでもそれを外部化したい、と考える方向に進む。日本はまだまだ、育児や家事を自分たちでやるのが当然、という常識が強いと感じるが、あと数年のうちに海外並みに一気に代行サービスが普及していくのではないか、と筆者は予想している。

ここで不思議なのは、これだけ「時短」を売り物にした商品やサービスが出回り、すべてにおいて昔ほど手間(時間)がかからなくなったはずなのに、我々はむしろ前よりも「時間が足りない」と時間に追われる感覚を強く感じているというところだ。この先は、単に「時短」や「代行」を売り物にするだけでは喜ばれないステージが到来するだろう。どう時間的な豊かさを実感させ、時間に追われるストレスから人を解放するか、という観点でのサービス/商品開発が重要になっていくのではないだろうか。

配慮すべき精神的コスト

時間ストレスの原因は、メールやSNSメッセージの確認や返信、新着ニュースやトレンド動画のチェックといったデジタル・SNS環境にもあるだろう。デジタルで時間が細分化され、秒速でマルチタスクを並行処理できることで、逆に我々は、まるで「時間の中に住んでいる小人」のような閉塞感を感じている。

この環境は、同時に精神的コストも増加させる。すぐレスできる環境なのにレスしなかった、あるいは「いいね」などのリアクションをしなかった、といったプレッシャーが、精神的コストの代表例だ。これからのWebサービスは、時間的コストだけでなく、精神的コストの削減が求められる。いかに顧客を待たせずサクサクと進むUIか、といったフリクションレス(摩擦回避型)設計は言うまでもなく、同時に、少しでも「ほっとできる」感覚(リアル空間におけるちょっとした休憩スペースや植栽、散歩道のようなもの)を提供し、顧客の精神的コストを引き下げるUIが価値を持っていくはずだ。

精神コストを下げるためには「ほっとできる」感覚の提供

金銭的だけでなく精神的コストへの配慮が鍵を握ります

価格以外のコスト要因に目を向けよう

デフレの時代の中で、金銭的コストが縮小した分、相対的に他のコストを感じるようにもなっている。すべてがコンビニエンスになったことで、我々はちょっとの不便にも大きな肉体的コストを感じるようになった。自分で記憶したり、考えなくてもインターネットに何でも答えがある時代では頭脳的コストは低下するはずだが、実際は、処理すべき情報や選択肢が増えたことで、むしろ頭脳的コストが上昇している。時間的コストと精神的コストの高騰はすでに上で述べた。

このようなコスト高騰は、すべて行動障壁となって立ちはだかる。アンケートでは「価格が高いから」行動しない、と回答する人の多くが、もしかすると他のコスト要因が気になっているという可能性がある。逆にいえば、無理に値下げしなくても、あるいは多少値上げしてでも、価格以外のコストを大きく緩和することに新たな行動喚起のチャンスがあるのだ。

行政などはいまだに古典的なモデル(=「コストとは金銭であり、行動は効用と価格のバランスだ」)で人間を捉えている。だから金銭的なインセンティブを提供すれば効用が高まり、消極的だった人が動き出すだろうという予測で、さまざまな消費活性策が導入されている。筆者からすれば、これはもともと動こうと思っていた人への追い銭でしかなく、金銭以外のコストを感じている人の行動は喚起できていないと思ってしまう。

こうした行政の従来発想に対して、最近、金銭的インセンティブに頼らず市民を動かし、問題解決をするためのアイデアが登場しているので、紹介しよう。それは「ナッジ」(「肘でちょっとつつく、背中をトンと押す」という意味)と呼ばれるコンセプトだ。耳慣れない英語だが、アメリカの行動経済学者であるリチャード・セイラー教授たちが提唱した概念で、近年、行政や非営利団体、医療現場などでも注目されている。

「ナッジ」に注目!

「ナッジ」の事例で最も身近になったのは「ソーシャル・ディスタンス」確保のための施策だろう。今、商業・サービス施設で床に「線」や「足跡」がない場所は、ほぼ存在しないといってもいい。人はそうした線などのサインに意外に適応し、そのサインを目印に行動(感覚をとって並ぶなど)を行う。しかし今までは、「ここに立て」「間隔をあけろ」といちいち指示する、しない人には警告をする、あるいは指示に従う人にインセンティブを提供する、というかなり圧のかかる介入が行動変容のためのアプローチだった。

それを床の線一本でさりげなく認識させ、なんとなくそれに従わないと気持ちわるい、という感覚を呼び覚ますのが「ナッジ」の極意だ。連載第2回や第3回で紹介した空港ターミナルへの連絡通路の事例も、同様の「ナッジ」である。

成田国際空港 第3ターミナルは陸上競技場のようなデザインで長い距離を歩くのを意識させない

成田国際空港 第3ターミナルより

他に「ナッジ」の例としては、「デフォルト」の活用がある。これはWebのUIでもよく応用されているが、最初からチェックが入っていて、それを外すには自分で能動的に操作しなくてはならない(オプトアウト)という設定になっていると、ほとんどの人はその設定を変えずにそのままにする傾向がある。この「デフォルト」を使って臓器移植希望者への臓器提供をオプトアウトにしたところ、スペインやフランスなど一部の国ではそれまで低かった臓器提供率が劇的に高まったという。逆に、オプトイン方式(提供希望者が自分でチェックを入れる)を採用している国では、臓器提供率は一般に低い傾向にある。日本もオプトイン方式だが、臓器提供率は極めて低い。

人は楽な方向へと動いてしまう

セルフサービスのカフェテリアの配膳も一種の「デフォルト」である。トレイを持って順番に並び、先頭の食材から順番にとっていく。先頭の方にヘルシーフードを並べておくと、後方に並べたカロリーが高く、栄養バランスの悪い食材(一般的には人気があるので、配膳の先頭に並んでいることが多い)よりもヘルシーフードを選ぶ人が増えるという。

配膳の先頭に、手にしてほしい食材を置くと、順番通りに(先頭に近いほど)手に取られやすい

このように、「エネルギー勾配」を利用し、より頭や体を使わない楽な方向へ自然に人を誘導し、結果的に期待する行動変容を実現するのが「ナッジ」である。なぜデフォルトが効果的なのかについては、いくつかの説明があるが、「損失回避」や「現状維持」(せっかく与えられた環境を自分から捨て去ることに損失を感じてためらう)、あるいは「権威や社会的規範に従う傾向」(デフォルトは見識のある誰かが良いとして定めたルールなので、それに従うほうがうまくいくだろう)といった認知バイアス(認知のくせ)が働くから、という説がわかりやすい。

次回は・・・

「人が感じるリスク」について、人の行動に制約を与える要因について解説していく。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


「行動デザイン」を学び深めたいあなたには、連載記事公開の時にお知らせメールをお送りします。以下フォームよりご登録して下さい。
個人情報保護方針に同意いただけましたら、ご登録ください。 ※メール配信開始後、メールの配信停止を希望される方は、メール下部より配信停止設定を行うことができます。
ダウンロード資料へ

株式会社ジェネシスコミュニケーション

ジェネシスのマーケティングプロフェッショナルが編集を担当。独自の視点で厳選した実践的ナレッジをお届けいたします。

「マーケの強化書」更新情報お届け

マーケの強化書の更新情報をお届けします。
メールアドレスをご登録ください。
※入力前に「個人情報保護方針」を確認ください。