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「行動デザイン」を学ぶ第20回:人と「時間」との付き合い方

人の行動には、金銭をはじめ、さまざまなコストによる制約を受けている。以前の連載(第11回)でも、現代における「時間的コスト」の影響の大きさについて解説した。今回は、時間的コストへの理解を深めるために、そもそも人間は「時間とどう付き合うべきか」について考えてみよう。

「行動デザイン」を学ぶ第11回:時間的コストについて

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目次

人は「時間のかかること」が苦手

時間的コスト意識は、経過時間の評価と関係する。1時間かかる道のりでもデートの待ち合わせに急ぐ時はもっと短く感じられるだろう。その時の時間的コストは小さいと評価されるはずだ。

人の持つ時間資源は有限なので、基本的に「時間のかかること」は嫌われる。レストランのメニューの中で「これは頼みたいぞ」と思ったメニューが「30分以上、お時間がかかります」と言われると、「じゃあ、他にしよう」となる場合が多いはずだ(それは「どうしてもと言われたら対応はするけれど、本音ではあまり頼んでほしくない」という、相手からの体の良い断り文句にもなる)。

人は時間を正確に見積もれない

健康で引き締まった体を作るのは、一朝一夕では難しいことは誰もが知っている。ゴールまで遠いという時間的な見積もりは、人の行動意欲を阻害する。逆にゴールが近いと知ると、人は目標達成に動機づけられ、さらに頑張るという(心理学用語で「目標勾配仮説」と言う。例えば、もう少しポイントを貯めれば景品と交換できるといった場合、ポイント対象商品を普段より多く買うような傾向を指す)。長旅の中で「後5分で目的地に到着する」とアナウンスされると、もう着いたような気分にならないだろうか。目標勾配仮説に従えば、人を長旅で退屈させないためには、目標を「もう少しで最初の関門である○○○に到着します」のように細かく刻んで、都度提示していくことが有効である。

「目標勾配仮説」を活用すれば、人を退屈させない工夫が可能に

しかし、こうした時間的な感覚には、当然個人差がある。初めて旅をする人にはとても長く感じられる行程も、何回もその道を通い慣れている人にはそこまで長くは感じないはずだ。つまり、「新奇性」などで情報処理に負荷がかかると、時間間隔の評価は長くなる(まだ30分しか飛行機に乗っていないのに、1時間も乗っているように感じる)。

逆に言えば、物理的な1時間という時間(時計の時間)を、実際よりも主観的に短く評価してしまうことはある。このように、人は実際の時間(時計の時間)を正確に見積もることはできない。その時々の状況によって人が主観的に感じる時間の長さは、実際の時間に対して伸び縮みする。時間的コストが大きな制約になるかどうかは、その人が今、「時間」をどのように長く(あるいは短く)捉えているかによって変わってくるのだ。だから、時間的コストを組み込んで行動デザインを考える場合は、人や状況による時間の感じ方の違いを理解することが重要である

時間へのストレスがなぜ生まれる?

そもそも「時間」とはなんだろう。この哲学的な問いに対して、まだ我々の科学は十分な答えを出せていない。というよりも、最新の科学では時間は量子(粒)であり、連続体としては存在しない(極論すれば「時間」は抽象的概念に過ぎず、「存在する」ものではない)という、逆に神秘的な解説になってしまう(参考:カルロ・ロヴェッリ著、冨永星訳『時間は存在しない』NHK出版)。

現在、世界の標準時間は、かつてのような天文学的測定によらず、セシウム133という原子内部の周期の9,192,631,770倍として「1秒」を定義し、それを測定、補正して作られている。非常に高度な科学ではあるが、まさに人間が後から作り出した壮大な「フィクション」であり、自然界に物理的に存在する(存在していれば理論的には測定可能である)ものではないことがわかる。

逆に言えば、時間とは人間(生体)の内部に存在する感覚だ、と考えた方が自然である。当然、そうした感覚は個体差があり、また主観的なものだから、それを客観的・数学的な存在として社会の中で共有することには、そもそも困難がある。一方で、現在の社会はコンピューターが刻むデジタルのタイムカウンターによって同期され、つながっている。だから、世界標準時といった「フィクション」を共有しないと、世界が成り立たなくなってしまったのだ。時間に対するストレスは、こうした人間社会の「都合」によって作り出された時間と、我々生命体が固有に持つ自然な時間(生命時計)のギャップからもたらされているのだろう。

時間は人間社会の都合で作り出されたもの、という側面も意識できると、日頃の時間へのストレスが軽減されないだろうか?

道具である「時間」に支配されてはならない

以前、筆者が行ったインタビューで、ある女性が「時間は巨大なコンクリートの壁のように感じられる」と語っていた。時間は「自分を押し戻す絶対的権力者のような存在」で、常にそこに向かって進まなくてはならないという強いプレッシャーを抱え、メンタル・ダウンしたこともあったという。

そんな彼女を救ったのは、「28日×13カ月と1日(計365日)」からなるマヤ暦のカレンダーだったそうだ。「28日」は月の公転周期(厳密には27.3日)であり、特に女性の生体は月の周期に強い影響を受ける。その点で、マヤ暦のような古代の時間概念はより人間に近い、オーガニックなものなのだろう。太陰暦が明治5年(1872年)に廃止されるまで、日本人も月の時間に沿って生活を営んでいた。満月の夜には満潮の水位だけでなく、地表自体も21cmも浮き上がるという。月の引力の影響は想定外に大きいのだ(血が止まりにくいので、満月の夜に料理をするときは気をつけた方がいい、とされる)。

だからといって、マヤ暦や太陰暦に戻せば素晴らしい世界になるかというと、物事はそう単純ではない。なぜなら、生体に影響するのは月以外に、太陽も存在するからだ。人に限らず多くの生物は「サーカディアン(概日)リズム」という、一日の太陽の運行リズムに沿って体内環境をコントロールしている。さらに、生物の体内にも細胞分裂や心拍を司っている固有の内部リズムが存在している。寿命という生体の時間は、生まれてから死ぬまでの内部リズムの鼓動の回数の連続なのだ。そして、この内部リズムに月や太陽などの外部のリズムが干渉し、さらに社会、つまり他者のリズムも干渉してくる。時間は波動(波長を持った振動)だと考えられるが、その波動はそうしたさまざまなリズムに干渉されて、ある波形を示している。

時間とは「伸び縮みする」やわらかい存在である

つまり、時間とは相対的な存在なのである。時間の相対的性格を認識することで、時間はコンクリートの壁ではない、もっとやわらかい存在だと捉えられるようになるだろう。時間のプレッシャーに強いストレスを感じている読者は、ぜひ、時間は自由に伸び縮みするやわらかいものであると考えてみてほしい。時間は人間が社会生活をうまく調整できるように作り出した人工的な「道具」に過ぎない。道具に人間が支配されてはならないのである

次回は・・・

相対的な存在である「時間」に支配されないために、現代人が「時間」とうまく付き合うための処方箋について考察する。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、博報堂行動デザイン研究所フェロー(名誉所長)、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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