DX推進の一歩目にふさわしい業務【人事編】「デジタル・トランスフォーメーション入門」
自社で実際にDXを推進するにあたって、前回はDXの一歩目としてマーケティング部門を取り上げました。今回は別部門の可能性について、人事部門を取り上げます。データやテクノロジーの活用によってどのように業務効率化が図れるのか? 人事部門を通じてのDX推進について考えましょう。
社内のDX推進と相性がいい定型業務
DXを最初に推進する部門を考えるには、業務のデータやテクノロジーとの親和性が高いかどうかが関わってきます。現在、DXを推進する原動力となるテクノロジーは、AI(人工知能)やRPA(Robotic Process Automation:人が行う事務作業をコンピューターに記憶させ、自動的に反復実行するソリューション)が代表的です。これらのテクノロジーの主な適用分野が、定型業務の自動化です。DX推進には、マーケティングのようなデータドリブンな業務だけでなく、定型業務が数多くある部門も有力候補に挙げられます。定型業務の多い部門と言えば、人事や法務、経理などのバックオフィス部門です。
DXの推進で通常の事務作業が効率化されれば、時間短縮できた分をより高い付加価値を創出する業務に集中できます。さらにDXを通じて資産化されたデータの活用で、経営に直接貢献する新たな付加価値も生み出しやすくなるでしょう。
DX推進で注目。「HRテック」について
バックオフィス部門の中で人事部門は、採用や退職処理などの定型業務が外せない部門の1つです。業務効率化のために、近年は人事業務にAIやビッグデータなどテクノロジーを活用した「HRテック」(Human Resource + Technologyの造語)が急速に広がり始めています。背景には、日本の少子高齢化による労働人口の減少があり、リソース不足解決のためにもテクノロジー導入のハードルが下がっています。
「HRテック」については、経済産業省主催の「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」のレポートによると、次のように定義しています。
先端技術を活用し、企業における人材マネジメントをより効率的・効果的に実施することであり、業務運用をシステム化するだけでなく、企業の内外に存在する多種多様・大量のデータを活用し、将来予測を基にした先読みのマネジメント施策を立案・実行・モニタリングしていくこと
(経済産業省「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」レポートより引用。太字は筆者)
従来からERP(Enterprise Resources Planning:企業資源計画)のパッケージソフトウェアなどのテクノロジーは、人事部門の基幹業務で活用されてきました。一方、上記の定義にあるとおりHRテックでは、業務効率化だけでなくDXの鍵の1つとなる「データの資産化」を行うことで、データを活用し、新たな付加価値を生み出すための方策を提供するわけです
例えば、従業員の経験やスキルをタレントマネジメントシステムで管理・可視化することで、人材の適性や育成プランの作成が可能です。そのデータを活用することで、戦略的な人事配置や人材開発もできるようになります。従来のソリューションとは違い、データとして活用し、新たな戦略を打ち出せることがHRテック(=人事分野でのDX推進)の要です。
HRテックの活用方法
具体的に「HRテック」はどう活用されているのでしょうか? ここで「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」第1回のレポートに掲載されている図を引用します。以下はHRテクノロジーの全体像を図示化したものです。
「採用」は、コストも手間もかかり、人事部門というより企業自体の生命線とも言える活動です。求人情報の公開や応募者の管理、書類選考、面接、内定など、非常に多くの工程があり、負担が大きいわけです。こうした採用業務に対して、AIやRPAの活用があれば大きな業務効率化が可能です。
代表的なサービスが、ATS(Applicants Tracking System)と呼ばれるサービスです。ATSは、求人ページ作成機能や自動メール配信機能を搭載しており、応募者を一元管理できるシステムです。特徴は、業務効率化はもちろん、自動化で人為ミスを防ぐ効果もあります。応募者が多い企業では、あらかじめ選考ポイントを細かく設定しAIに学習させておくことで、書類選考をAIで行うことも可能です。
さらに、ATSの分析機能で応募者数やコストの分析はもちろんですが、どういった属性の応募者がその企業で長く働き続け成果を出せるのか、といった資産化されたデータならではの活用も可能です。
人事評価とDX
もうひとつの例としては、人事評価が挙げられます。
現在では、企業組織のフラット化が進み、上司と部下の1:1のつながりだけでは評価が難しい場面が増えてきました。そこで、縦のつながりだけでなく、同僚や他部署のメンバーなどからより客観的な評価を行う360度評価制度に加えて、その人材が持つスキルやモチベーションの視覚化などのデータをかけ合わせた評価を採用する企業が増えています。この制度により評価対象者は、従来はブラックボックス化しかねない人事評価を「見える化」し、より公平かつ納得感のある評価を受けることができるようになります。さらにこれらのデータを活用して、従来以上に人員配置などの最適化が期待できます。
このように人事部門では、AIやRPAなどのサービス活用で、定型業務を効率化し、データに基づく戦略が立てやすくなることがわかります。DXの第一歩として、人事部門を先駆けとする判断も大いにありえるでしょう。
次回は・・・
バックオフィス業務の中で、法務部門と経理部門におけるDXについて解説します。
野澤 智朝(のざわ ともお)
現役マーケター。「ニテンイチリュウ」運営者。デジタルクリエイティブ、デジタルマーケティングに関するメディアで連載を担当してきたほか、各種記事の寄稿多数。