マーケティング心理学 AIやテクノロジーをサイトに活用する(後編)
前編では、AIの進化やマーケティングの分野においても、AIが行う基本的な仕事は「予測」(あるいは「推測」)することであることをお伝えしました。ではそれをどのようにサイトへ活用していくべきか、マーケティングの定石とも言える「心理学」や「行動経済学」といった分野の知見を解説していきます。
- 目次
顧客の行動・心理を予測する
まず対象顧客の「何を予測するのか」を改めて整理してみます。
基本的には以下のような項目について予測を行いますが、それぞれを個別に予測するのではなく、これらの複雑な組み合わせによって最終的に対象顧客の潜在欲求や行動を読み、どのようなコンテンツ提示が最も望ましいかの判断が下されます。
- 対象顧客について予測すること
- ・基本属性(性、年齢、職業、居住地など)
・顕在ニーズ(顧客が明示的に検索している場合を除く)
・潜在ニーズ(顧客が抱える課題や問題)
・購買検討段階(課題認識→情報収集→比較検討→購買意思決定)
・次(未来)の行動
・感情・気分
問題は上記のような予測が可能になったとしても、「打ち手」としてどのようなコンテンツがふさわしいかは分析結果からは明確に得られるわけではない点。どんなにテクノロジーが発達し、顧客のニーズや行動を予測できたとしても、それに対して企業がどうすべきかという「答え」が簡単にわかるわけではないということです。(少なくとも今のところは)
もちろん様々なコンテンツを作成し、ランダムに提示して最も反応のよいコンテンツを見極める「A/Bテスト」を行う方法で最適なコンテンツを見極めるのもいいでしょう。しかし、むやみやたらにコンテンツを量産することはコスト的にできませんし、テストするコンテンツ数が多くなると1コンテンツあたりのサンプル数が少なくなり、統計的な信頼性が低下します。
したがって、感覚的な判断でコンテンツパターンを作成するのではなく、少なくともどのようなコンテンツ、またクリエイティブ(コピーやデザイン)の効果が一般に高いのか、ということについての経験則や「定石(一般的な成功パターン)」を踏まえたコンテンツ作成を行うべきです。
私は常々、最先端のマーケティングテクノロジー動向に目配りをしておくと同時に、人の心理や行動のメカニズムを理解することに役立つ、心理学や社会学・行動経済学・人類学などから得られる知見を学び、マーケティングに応用すべきであるということを提唱してきました。それらの学問から得られる知見こそが、どんなコンテンツやクリエイティブが一般的には効果が高いのかということの「定石」となるからです。
ではマーケティングテクノロジー全盛時代に役立つ知見にはどんなものがあるのか、そのさわりをご紹介しましょう。
男女の性差を考える
まずご紹介したいのが、男性・女性の「性差」です。最近は女性の社会進出も目覚ましく、購買心理・行動における男女差は少なくなっているのは確かでしょう。しかし数百万年の人類の歴史において、基本的な役割の違い(例えば、男性たちは狩りに出て、女性たちは集落にとどまり子育てをする)からくる長年の思考習慣・行動習慣はそう簡単に変わるものではありません。
下表の基本的な男女の思考の違いをご覧いただくと、納得される点が多いかと思います。
それぞれを細かく説明することはしませんが、マーケティングにとって重要な示唆は一番下の赤字の部分、製品に対する男女差を示したところです。女性は、製品の特長をどれだけ詳しく説明されたところであまり響かず「それで、私にとってどんな役に立つのですか?」ということを知りたがるのに対し、男性は性能の高さ・機能の多さなど、スペックを知るだけで興奮してしまいます。
こうした性差を理解すると、例外もあるとはいえ、サイト訪問者が男性なのか女性なのかによって、可能であれば訴求内容やデザインを変え、それぞれに最適化したほうがいいことがおわかりになると思います。
人が購買行動に対して抱くリスク感情
また、人は購買行動に対して以下のような「リスク感情」を抱くことが分かっています。
これら6つのリスク感情すべてが常に生じるわけではなく、商材によってリスク感情が高まるもの、あまり高まらないものが異なってきます。
例えば、金融商品は「経済的リスク」が特に強く意識されやすく、一方化粧品や食品などは「身体的なリスク」を強く感じるものです。
- 1)機能的リスク
- ・商品の品質や性能が、期待通りでないかもしれない
- 2)心理的リスク
- ・商品が、自分の価値観やライフスタイルと合わないかもしれない
- 3)社会的リスク
- ・その商品の購入に対して、身内や仲間から反対、非難、嘲笑されるかもしれない
- 4)経済的リスク
- ・金銭や資産の損失を被るかもしれない
- 5)身体的リスク
- ・けがや病気など、自分の身体に悪影響を及ぼすかもしれない
- 6)時間的リスク
- ・買い替えや修理などに伴う時間的損失が発生するかもしれない
売り手としては自社の商材の特徴を踏まえ、消費者が購買に踏み切ることを阻害してしまう「リスク感情」を弱めるような施策なりコミュニケーションを展開することが有効です。
またどのようなリスクをどの程度感じるかは個人差があり、基本的には個々人のパーソナリティ(性格)が影響を与えていると思われますが、実はIBM WATSONでは、ユーザーのSNS投稿内容から、その人の性格を推測するAIを開発しています。(注1)
仮にECサイトにWATSONを実装すれば、ユーザーのSNSからパーソナリティを把握した上で、その人が強く感じるであろうリスク感情を特定し、そのリスク感情を低減させるコンテンツを提示する、といったことが可能になると思われます。
また、このところ注目されている「行動経済学」も、コンバージョンを高めるためのコミュニケーションのコツを教えてくれる学問であり、マーケティングテクノロジーの採用と併せて行動経済学を学び、その知見を踏まえたコミュニケーションを実装することを私はお勧めしています。
以上、コミュニケーションに活用できる「定石」のほんの一部をご紹介しました。
※注1※テキストからパーソナリティの特徴を推測するAI、IBM Watson Personality Insightsは、2021 年12 月1 日 サービス終了。現在IBM Watsonでは、AI固有のカスタムモデルを開発して、独自のテキスト分類モデルを構築する必要がある。
まとめ
最後に今回のお話をまとめます。
AIを含む最新のマーケティングテクノロジーを採用することで、ターゲットユーザーのニーズや行動などを高い精度で予測(推測)することが可能になってきました。ただ予測結果に基づく、売り手側の「打ち手」すなわち具体的な「提案」まではカバーしてくれません。
もちろん、過去購買履歴などに基づく関連商品の推奨、すなわち商品についてのレコメンデーションはAIで可能です。しかし商品に対する関心を深めたり、購買意欲を喚起する「コンテンツ」やデザインの開発までもAIに任せてしまうことは現状では困難です。
そこでマーケティングテクノロジー導入と並行して採用していただきたいのが、人間理解を深め、効果のあるコミュニケーション開発に使える、「心理学」や「行動経済学」といった分野の知見というわけです。
私は、これを「コミュニケーションの定石」と呼んでいるわけですが、前述したように、その本質は古代からたいして変わっていない人間の本性に迫るアナログなものです。
よくマーケティングで成果を手にするためには、デジタルとアナログの融合が必要だと言われますが、まさに私が本稿でお伝えしたかったことは、マーケティングテクノロジーというデジタルツールから最大限の成果を引き出すためには、コミュニケーションの定石であるアナログな知見が必要不可欠だということです。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。
マーケティングテクノロジー、およびコミュニケーションの定石についてもっと詳しく知りたいという方は、ぜひジェネシスコミュニケーションにお問い合わせください。
2017/6/21に公開した記事を再編集してお送りしました。マーケティング心理学これからもまだまだ続きます。
行動経済学についてもっと学びたい方はこちらをおススメします。