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「行動デザイン」を学ぶ第5回:人は「ロジカル」に囚われて生きている

前回、顧客の持つ認知資源について言及した。認知資源とは、予測や注意、選択、記憶などの脳の活動に必要な「心のエネルギー」のようなもの。今回はこの認知資源(心のエネルギー)を過小評価しているという、実際とのギャップについてもう少し踏み込んで考える。

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目次

受け手は思っているほどロジカルに解釈しない

マーケティングの送り手=企業で必要とされるのは「ロジカルであること」。いわゆる、ロジカルシンキングだ。合理的な理由をもとに仮説を立て、その合理性を関係者に説明して同意を取りつけ、施策の実行と費用に関する意思決定を進める必要がある。私的な仲間内の生活なら許容される「なんとなく」「そんな気がする」といった感覚的な発言は、ビジネス社会では通じない。「客観的な根拠」「仮説の合理的妥当性」を示さなくてはならない。
効率的であることも重要だ。冗長さを排した「直線的思考」は効率的だ。迷っている時間はない。目の前の課題に対し、合理的な最適解を見つけなくてはならない。

ここで問題になるのは、受け手(顧客)側はそこまで論理的に思考し、意思決定をしているわけではないことだ。多くの買い物は「買ってよかった」という満足はあるが、「なんでこんなものを買ってしまったのだろう」という後悔ももたらす。論理的思考をしていたら、後悔するような買い物をする可能性はもっと低いはずだ。合理的に検討されたマーケティングが時々失敗するのは、顧客の合理性を過大評価していることが最大の原因なのではないだろうか。

なぜマーケティング・ファネルが喜ばれるのか?

心は感情で動いている。感情を排した合理的思考と、感情や感覚による思考は、普通は噛み合わない。このミスマッチを解消するのは簡単なようで意外に難しい。脳が合理的思考を進めている時に、同時に非合理的な発想を進めることはできない。どちらかを見ようとすると、「ルビンの壺」のシルエットのように、反対側は見えなくなってしまう。

「直線的思考」の典型が「マーケティング・ファネル」だ。じょうごを模した逆三角形のチャートは読者もよく使うことがあるだろう。このチャートでは、顧客の意思決定は上(アッパーファネル)から下(ロワーファネル)へと段階的に進行する。実際の意思決定がこのように直線的に進むわけではないことは誰もが実感としてわかっているが、そうした曖昧で不定形な行動プロセスはビジネスシーンには馴染まないのだ。プロジェクターからホワイトボードに投影されるチャートは、明快で合理的でなくてはならない。文学やアートを楽しんでいる暇はないのだ。

顧客は、会議室の中では「能動的に情報を探索し、興味に沿って購入候補を絞り込み、最もリターンの高いオファーを採用する」意思決定者として存在している。自分が休日に買い物をしている時の迷いや不安、揺らぎといった要素は、合理性や効率性の対極にあるので、それをビジネスミーティングや企画書の中に持ち込むと論理構造が破綻してしまう。仮に実際の購買(意思決定)プロセスを正確に描写できていなくても、ロジカルなチャートがビジネス現場(会議室)では価値があると考えてしまうのだ。

望まない値引き合戦が横行する理由

顧客の思考と送り手の論理が噛み合わないのは構造的な必然といっていい。優れたマーケターや経営者は、天性の直感でこうした形式的な論理構造を超越し、周囲の反対を押し切って通した企画を結果的に大成功させているが、多くの普通の人は反対されたり怒られたりすることに弱いので、大勢に日和ってしまう。非合理的な顧客サイドに立つ、というポジションは想像以上に勇気のいるスタンスなのだ。

例えば、「欲しい」と思っていて、買えるお金の余裕があるなら購買行動は前に進むはずだ。そこで躊躇しているとしたら、プライシングに対する商品の効用が不足していると考える。そうすると「付属品を無償でつける」(商品の効用を拡大する)、あるいは値引きをするというオプションがクロージングのために必要になる。これがロジカルシンキングだ。

値引きはボトムライン(営業利益)を圧迫するのでマネジメントとしては避けたい打ち手だが、現場の販売スタッフはトップライン(売上=獲得顧客数)が評価指標なので、ノルマを達成するためには値引きしてでも、今日決着をつけなくてはならない。顧客も、自分が躊躇している本当の理由はよくわかっていないことが多いので、「安くなったから、買った」と他人に説明できる合理的な理由を提供されることはやぶさかではない。こうしてお互いにとって「合理的」に値引きが恒常化していく。

“怠けたい本音”を隠すのに“合理的な理由”は都合がいい

「値引き」を止められないのは、実はそれが「安直」だからではなく、「合理的」だからなのだ。アンケート調査で「買わない理由」に「価格が高かった」という選択肢があったら99%の人はそれに○をつけるだろう。しかし、それは本質的なマーケティングではない。利益を確保するためだけではなく、顧客の本質的な問題解決のためにも「なぜ、(購買を)躊躇していたのか」という、顧客自身もわかっていないインサイトへの探求が必要なのだ。
例えば、若い世代がフィットネスクラブに入会しない本当の理由は、「シニア会員がたくさんいて、場違いな気がする」からかもしれないし、3日坊主で幽霊会員になってしまう自分を責めたくないから「今はやめておこう」という「自責感回避」が理由かもしれない。しかし、そうした感情が存在することを認めること自体に抵抗があるので、アンケートには「会費が高いから」と「合理的な理由」を記入するだろう。

本当に顧客が求めている本音は、合理的な理由に隠れてしまう

本当に顧客が求めているのは「入会金無料」や「初月会費ゼロ円」キャンペーンではなく、さりげなく年代別に振り分けられる施設のつくりだったり、「必ず続けられる」「休会してもまた気軽に復帰できる」プログラムなのかもしれないのだ。

次回は・・・

次回は、「認知バイアス」と呼ばれる人の思考の偏りついて解説する。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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株式会社ジェネシスコミュニケーション

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