「行動デザイン」を学ぶ第13回:立場の違い?リスクとコストの受け止め方
リスクとコストの関係は、送り手と受け手の立場の違いで感じ方が異なるものだ。今回は、もう少し詳しく両者の関係について考えてみたい。
人は心理的安全性を大切にする
行動デザインは、もともとマーケティングの方法論なのだが、人の行動変容という点では組織の問題にも適用可能だと思っている。
例えば、「本音を言い合える職場」でなければ、根本的な業務改革などできるはずはないのだが、「本当に本音を言っても大丈夫なのか?」というリスク感が先に立つ場合が多いだろう。近年、「心理的安全性」というキーワードが注目されているが、組織の中で個人の積極的な情報開示行動を引き出すためには、かなり徹底した「心理的安全性」の担保が必要だと言われている。一見和気あいあいに見える職場でさえ、人はそうしたリスク感に圧迫されているわけなので、ましてや知らない相手との取引に関しては、想像以上のリスクを感じていると思うべきだろう。
馴染みのない場所、知らない相手に対するリスク
筆者は、街で飲食店の看板やメニューボード、あるいは店の佇まいなどから「この店はちょっといいかもしれない」と思ってふらっと入ることがある(だいたい“外さない”のが自慢である)が、周りに聞くと、そういうタイプの人間は意外と少ない。知らない店より、馴染みの店に行く安心感を人は重視するものだ。グルメサイトのクチコミ評価や、知り合いの紹介が重視される、あるいはどこにでもあるチェーン店が客を集める、という傾向も「知らない店に飛び込むリスク」がいかに大きいかを物語っている。
そういう前提があるために、お店の側も常連ではない飛び込み客にはかなり警戒心を向けてくることがある。お店の人にとっても「知らない客と初めて取引するリスク」は思っている以上に大きいのだ。そのインサイトは、「馴染みではない“ふりの客”が勘定を踏み倒す(無銭飲食)リスク」かもしれないし、「常連の中に場違いな客が混ざることで、常連客が気を悪くするリスク」かもしれない。あるいは、お店の人にとっても「見ず知らずの“ふりの客”と接する居心地の悪さ」というような、もっと漠然としたリスクがあるかもしれない。
リスク回避がチャレンジを喚起
前回の連載でも触れたように、リスク感には「結果の重大性に対する評価」と、「結果の不確実性に対する評価」という二つの変数が含まれている。一般の飲食店に関しては「期待したほど美味しくない」と言った品質の不確実性への不安はあるが、一回の食事を失敗したくらいでは、そこまでの重大な結果とはいえないだろう。
ところが、その食事が取引先との接待となると事情は大きく変わってくる。「結果の重大性」が立ってくるので、味の良し悪しだけでなく、取引先が気を悪くするリスク要因を排除し機嫌良く過ごしてもらうための店選びに、かなりの時間コストや頭脳的コストを割かなくてはならなくなる。とはいえ、毎回同じ店では取引先も飽きてくるので、時には新しい店へのチャレンジが必要になってくる。
そうしたチャレンジを受け止めてサポートしてくれる仕組み、例えば「ミシュランガイド掲載店」といった格付けや、3カ月先まで予約が取れないといった手がかり情報、あるいは「老舗」というブランドが有効になるのだ。
この構造は飲食店に限った話ではない。世の中で人が利用している手がかりの多くは、新規のチャレンジによる失敗を回避するための情報装置である。あなたのWebサイトを訪問しない、あるいはコンバージョンに至らず直帰してしまう人は、もしかしたらそうしたリスク回避の手がかりを見つけられていないのかもしれない。前回も書いたが、実はリスクは行動のスイッチでもある。リスク回避につながる手頃な手がかりが、人の新たなチャレンジ行動を喚起する「行動デザイン」要素になる可能性は高い。インフルエンサーマーケティングが有効なのは、信用のある個人(フォロワー数がその目安)が未知のWebサイトを訪れるリスクを引き受けてくれるからなのだ。
送り手と受け手とのギャップを把握する
ここで難しいのは、顧客が何かしらリスクを感じ、ためらっているのはわかっても、そのリスク感が「結果の重大性に対する評価」によるものなのか、「結果の不確実性に対する評価」によるものなのか、を送り手(企業)側は容易に判別できない点だ。顧客自身もその両者をきちんと区別して評価しているわけではないので、アンケート調査をしてもその判別は難しいだろう。
例えば、ネットスーパーでの購入をためらっている人が感じるリスクには、「必要とする期限に配送が間に合わなかったら困る(結果の重大性)」と、「目で見ないと安心できない」などの不安(品質の不確実性)の両方が混在している可能性がある。送り手からすると、どちらもある変動幅の範囲(配送であれば注文から最短で1時間、最長で翌日=12時間後、など)なので、「不確実性」しか認識できないのだが、頼む側には頼む側の切迫した事情(例:どうしてもその日の夜から調理を始めたい、翌日になるならもう頼まない etc.)があるのかもしれない。しかし、その「重大性」(その日のうちに届かないとどれだけ困るか)は、顧客個人の評価なので、ネットスーパー側は理解する術がないのだ。
こう考えてくると、送り手と受け手のギャップ・ポイントが少し見えてきたのではないか。つまり、送り手は「努力すれば提供品質のばらつき(=不確実性)を減らせて、その対処によって顧客のリスクは小さくなる」と思いがちなのに対して、受け手のリスクはむしろ送り手が認識していない「結果の重大性」に比重がある場合がある、というギャップである。
次回は・・・
送り手が、どうすれば受け手が抱いている「結果の重大性」を理解できるのか? リスクとコストの関係における、送り手と受け手との感じ方のギャップについて、もう少し踏み込んで解説する。
國田 圭作(くにた けいさく)
嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。