「行動デザイン」を学ぶ 第27回:まったく違うモノが仲間に?~「アドホックカテゴリー」~
前回は「カテゴリー化」という認知の仕組みを紹介した。今回は、その中でも我々が日常、無意識によく使っている「アドホックカテゴリー」という概念を紹介していきたい(ちなみに「アドホック(ad hoc)」とは、「臨時の」「その場限りの」という意味の、ラテン語由来の英語のこと)。
「アドホックカテゴリー」とは?
人は、格別意識していないにしても何らかの「目的」を持っており、その目的に沿って認知処理や行動の意思決定が行われている。無意識に頭をかくことがあるが、それは頭のかゆみをとりたいという目的に沿っている場合もあれば、「他人に対し、照れ隠しをしたい」が真の目的かもしれない。
「目的」には、「売上を上げる」「Webサイトのアクセスを増やす」といったものから「空腹を満たす」「気持ちを落ちつける」、あるいは「人生をより充実させる」といった高邁なものまで、多様である。我々は、それらの目的を常にいちいち、明確に意識しているわけでないことに注意してほしい。自分でもよく言語化できない漠然とした目的(例:「うまく言えないが、何となく、もっと○□▲※■にしたい」)もある。
また、それまで意識していたこととまったく違う目的が、突然、浮上することがある。モノを取りに2階に上がったら他のことを思いついて、肝心のモノを取ってくるのを忘れたなどという体験のように、目的が他の目的に「乗っ取られてしまう」こともある。「2階」という新しい状況の中で、新たな目的が設定された(自覚した)わけだ。このように、その時生まれる「その場限りの目的」、あるいは明確に言語化できない漠然とした目的を達成するための手段として想起される製品・サービスの集合が、「アドホックカテゴリー」(Barsalou, 1985)である。
例えば、「何となく、鬱屈した気分を晴らしたい」という時、どのような製品(サービスも含む)を思いつくだろうか。刺激の強いアルコール、アップテンポのロックミュージック、ヒーローが悪者を最後に懲らしめることがわかっている映画、あるいはバッティングセンターなどが浮かぶかもしれない。
これらは、製品としてはまったく異なる機能便益を持っており、物理的類似性はほとんどない。記憶の中の関連性も低い。それにも関わらず、我々はこれらの製品に、ある共通の意味づけ(=鬱屈した気分を晴らすための手段)ができる。
「アドホックカテゴリー」に該当する例
例えば、スマートフォンは分類学的なカテゴリーでは「携帯電話」の一種だが、人はそこにいろいろな意味を創造的に見出している。紙がめくれるのを止める「重し」の1つにもなり、暗い道を一人で歩く時には懐中電灯の一種でもあり、「私は今、誰かとつながっているのだから、1人のように見えて1人じゃないのよ」という暴漢対策のシグナルにもなる。つまり、防犯ベルやスタンガンなどと一緒で、しかももっと実用的な防犯カテゴリーの製品である(ちなみに、マグライトは懐中電灯の一種だが、車の窓ガラスを割るためのレスキューグッズにもカテゴライズできる)。
マーケティングにおいて、特に製品のポジショニングを考えるにあたって、こうした創造的なアドホックカテゴリーをうまく利用することの重要性は、おわかりいただけただろう 。
この「アドホックカテゴリー」化の習性を利用した古典的なマーケティングの事例として、「出かける時は、忘れずに」という、往年のカード会社のヒット広告(1980年代)が挙げられる。
まだクレジットカードの普及率が低かった時代に、カードを「決済手段の1つ」という分類学的なカテゴリーとしてではなく、「出かける時に忘れず持っていくもの」というアドホックなカテゴリー、つまりお財布やハンカチ、ティッシュ、今ならスマートフォンなどの集合に追加させたのだ。 この事例は、「出かける」という行動に関わる状況の中にブランドをポジショニングしたという意味で、優れた行動デザインでもあると言えるだろう 。
他にも、ろうそく(キャンドル)は、ある時代まではもっとも一般的な照明器具だった。では、今の時代にどうしたらろうそくが売れるだろうか? 非常(停電時・防災)用で売るという考え方はあるが、「明かりを暗くして、ロマンティックな気分になりたい」時の手段(アドホックカテゴリー化)としたほうが、需要の間口は大きいかもしれない。その時の競合は、LEDのキャンドルや、フィラメント状に加工したLEDが薄暗く灯るLEDランタンになるだろう。スマホで焚き火の動画を流すという代替的な手段も、ろうそくの競合になる。
CEP(カテゴリーエントリーポイント)とは?
アドホックカテゴリーに関連したマーケティングのキーワードも提唱されている。『ブランディングの科学』(2013)で「ダブルジョパディの法則(シェアの低いブランドは、顧客の母数もリピート率も小さい)」を広めたバイロン・シャープは、その後の著作(『ブランディングの科学2』)で「CEP(カテゴリーエントリーポイント)」という概念を提唱している。
「CEP」とは、ある製品を想起する時のきっかけとなる特定の状況のことを指す。疲れている時に、「何か元気になるもの」が欲しいと思った状況で連想される候補に、仮にリポビタンDやモンスターエナジーが入っているとしたら、その状況がそれらのブランドの「CEP」である。
バイロン・シャープによれば、「CEP」には「目的」以外のきっかけも含まれる。例えば、時間やオケージョン(いつ使う?)の「CEP」は、ハンバーガー店の朝に顧客を呼び込むためのアイデア(例:マクドナルドの「朝マック」)でも使われている。こうして見てみると「CEP」は、アドホックカテゴリーとほぼ同じ意味だと言っていいだろう。
他にも、「場所(どこで使う?あるいは、どこから来た?)」の「CEP」(例えば「ビーチで使うもの」、あるいは「フランスのもの」)、「同伴者(誰と一緒の時? 誰と一緒に使う?)」、「モノやコト(何と一緒に使う? 何をしながら使う?)」や「カテゴリーベネフィット(例えば「爽快感」)」などの「CEP」が紹介されている。
「自社ブランドが選ばれやすい状況」について
競合ブランドに比べて「CEP」とのリンクが多いほど、自社ブランドが想起されやすくなり、選ばれる確率が高まる。バイロン・シャープは、「より間口の広いCEP」にリンクを張ることが重要だと主張しているが、そのカテゴリーの中には当然、強力なシェア上位の競合も存在している。だから、ある程度間口が広く、かつ普通だと真っ先に連想されるような競合ブランドが思い出されにくいような、適切なアドホックカテゴリー(「CEP」)をこちらで規定し、自社ブランドとのリンクを強化するコミュニケーションの開発が重要になる。
例えば、「小さなクルマに乗りませんか?」と問いかけたら、ほとんどの人は売上トップ(軽四輪車の新車販売台数)の「N-BOX」(Honda)を連想するかもしれないが、「遊べる軽(自動車)に乗りませんか」と問いかけたら、「N-BOX」は意外に思い出されにくく、むしろ「ハスラー」(スズキ)がすぐ連想されるかもしれない。ただし、「軽自動車を(通勤通学や仕事でなく)遊ぶために使いたい」というきっかけ(つまり「CEP」)の間口がどれくらい大きいかは、ちゃんと押さえておく必要がある。
次回は・・・
「カテゴリー」に関連して、「らしさ」という感覚について考えてみたい。「カテゴリーらしさ」や「ブランドらしさ」という感覚は、いったいどのように生まれるのだろうか。
國田 圭作(くにた けいさく)
嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。