『デジタルリスキリング入門』著者に聞く! リスキリング実践のためのコツ
2023年に入り、かなり耳にするようになったワードの1つが「リスキリング(Reskilling)」です。学び直しに関心が高いビジネスパーソンには無視できない言葉ですが、「いざ、実践」という人は限られているのではないでしょうか? そこで今回、「マーケの強化書」編集部では2023年7月に刊行された『デジタルリスキリング入門』(技術評論社刊)の著者、高橋宣成さんを招いて、「リスキリング」をテーマに意見交換を行っています。
- 高橋 宣成(タカハシ ノリアキ)さん 一般社団法人ノンプログラマー協会 代表理事
学習コミュニティ「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」(ノンプロ研)主宰
株式会社プランノーツ 代表取締役
著作に『デジタルリスキリング入門 時代を超えて学び続けるための戦略と実践』(技術評論者刊)、『Pythonプログラミング完全入門 〜ノンプログラマーのための実務効率化テキスト』(技術評論者刊)など - 田代 靖和株式会社ジェネシスコミュニケーション シニアプロデューサー
「マーケの強化書」編集長
「リスキリング」とは?
田代
最初に「そもそも」の話から始めましょう。高橋さんの書籍の前半でも言及されていますが、「リスキリング」について一言で定義すると何でしょうか?
高橋
昨今、「リスキリング」という言葉がすっかりバズワード化して、いろいろなところでリスキリングの定義を見かけます。広く使われている定義の1つを挙げると、リクルートワークス研究所による以下になります。
新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること
出典:リクルートワークス研究所「リスキリングとは」より
高橋
数ある定義の中で、僕が好んで使っているのが、米IBMの定義になります。
市場ニーズに適合するため、保有している専門性に、新しい取り組みにも順応できるスキルを意図的に獲得し、自身の専門性を太く、変化に対応できるようにする取り組み
出典:IBM調査:市場原理主義に応じた新規スキルの獲得 ― 既存保有スキルの拡張(リスキリング:Re-Skilling)
高橋
いずれの定義も「変化に適用するためのスキルを獲得する」という点では共通しています。その上で前者は、“変化する時代を追いかけて、スキルを獲得する”というニュアンスがあります。
一方で、後者は「事前に先回りしておこう」というニュアンスがあります。これらはスタンスの違いですが、僕は前向きなニュアンスがある後者が、よりモチベーションを維持しやすい考え方だと捉えています。
なぜリスキリングは難しいのか?
田代
なるほど。スタンスの違いは興味深いポイントですね。これだけバズワードになっていれば、興味を持ちリスキリングを始めてみようと思う方も多いかと思うのですが、どうやれば円滑に進めることができるかについて高橋さんのお考えをお聞かせください。
編集部内の事前の話し合いで出てきたのが、「リスキリングは、禁煙やダイエットに似ているかも?」という指摘でした。禁煙やダイエットは、「やらないといけない」と重い腰を上げてはみたものの、結局うまく続かない。一度失敗すると、完全な挫折経験になり2度目のチャレンジが遠のいてしまう……という悪循環になりがちです。リスキリングにも似た性質を感じていますが、再チャレンジのしづらさも含めて、どのように考えたらいいでしょうか?
高橋
禁煙やダイエットは、「やりたいと思うけれど、やれないこと」の好例ですよね。リスキリングも含めて、これらを上手に実行できるためには、僕はリソースに着目すべきだと考えています。どうしても人間の活動には、リソースの制約が出るからです。
田代
制約の中で実現しなければならないということでしょうか。
高橋
はい。リソースは、主に時間とお金、モチベーションの3種類に分けると考えやすいでしょう。実際、いずれもが十分に充実していないとなかなか実践は難しいものなのです。リスキリングも同様で、だからこそ続けていくための戦略を事前に立てる必要があります。
高橋
リソースの確保とともに、リスキリングを難しくしている要因の1つが、“学校の学習スタイル”で始めようとするからです。学校の学習は、カリキュラムや正解が用意されたものでしたが、ビジネスで必要なスキルを身につけて成果や社会貢献につなげる活動は、正解が用意されていないことへのアクションになります。
田代
自分で「何をどうすればいいか」を考えて、判断しなければいけません。
高橋
もう1つお伝えしたいのが、リスキリングは学習とともに実践も必要です。学習で身につけたスキルを、自分の職場で活かすところ(=実践)までが含まれます。学ぶこと自体の負荷とともに、組織の中で上司やチームに理解を求めた上で、実行に移すところまでとなると、自分だけがスキルを身につける話では済まなくなり、難しさの一因となります。
“●●になりたい”と思って、リスキリングをしない!
田代
リスキリング自体に難しさがあることは、もっと知られていいことだと思っています。それに「日常業務で忙しい」というベースが加わると、「いざ、やろう」となっても、「やるからには、何かを成し遂げないといけない」と構えて考えてしまい、結局動けずにいる人が多そうです。
高橋
ここまでにお話をしてきた通り、リスキリングにハードルの高さがあるのはたしかですね。
田代
例えば、デジタルに明るくない方がいきなり「Pythonを学習しよう」となると、世の中で言われているリスキリングには近い学習イメージですが、実際やるのはハードルが結構高いですよね(笑)。
でも、今までできていなかったことをやろうという発想で、「情報発信をしてみよう」と考えて、自前でブログを作って発信する、記事はなるべく物事をロジカルに考えて書いてみる、習慣的に書いていくといった行動なら、やれそうな人が増えてくると思うのです。
高橋
リスキリングの対象は、決してハードルが高い必要はありません。世間一般のリスキリング像は、「プログラミングができるようになりたい」「DX人材になりたい」といったものですが、「何者かになる」という目標設定そのものが現代のリスキリングにフィットしないと僕は考えています。
田代
そうではなくて、「自らに必要だ」と思ったことを小さな単位に分けて考えた方が、継続して取り組めそうです。
高橋
例えば、Pythonをちゃんと学ぶとなると、1年くらいはかかります。一方で、小さな一歩を積み重ねることで、Pythonを学ぶくらいの大きなリスキリングになることもあります。思い描いた理想の姿が、えてして自分の実生活にはフィットしていなかったりします。田代さんが話す通り、課題を小さく分けていく考え方がヒントになると思っています。
田代
小さな一歩なら踏み出しやすいですし、一歩一歩を継続していくと達成感も得られ、職場にも成果を還元しやすそうですね。
高橋
僕はリスキリングを語る際には、「課題を見つけよう」という話からしています。最初に、身の周りの小さな課題解決から始めてみる。「そのために、どういったスキルが必要か?」を考える。もちろん、それがプログラミングであるならば、やってほしい。ただし、やる前にきちんと計画を立てること。準備が不十分だと成功が難しいことも忘れてはなりません。
リスキリングの上手な進め方は?
田代
ここまでを整理すると、リスキリング自体は難しい側面があるけれど、リスキリングの対象を難しく設定する必要はない。「小さな一歩から始めてOKなんですよ」といったことを、「マーケの強化書」ユーザーには届いてほしいです。
高橋
学習コストの観点から言えば、学習コストがかからない課題と、解決のために学習コストがかかる課題があります。リスキリングを有利に進めるには、学習コストをかけずにできることを優先的に行って、停滞した局面を変える体験を重ねることです。
田代
局面が変わると、手応えが感じやすいし、モチベーションの維持にもつながりますよね。
高橋
『デジタルリスキリング入門』では、『7つの習慣』(著:スティーブン・R.コヴィー)に出てくる「関心の輪」と「影響の輪」の話について触れています。そこでお伝えしたかったのは、自分がコントロールできる範囲とコントロールできない範囲の見極めを大事にしてほしい、ということです。
高橋
いくらスキルを身につけても、自分のコントロールが及びづらいことでのチャレンジだと、うまくいきづらいものです。例えば、上司の説得やステークホルダーの関係や調整など、自分の手だけ負えない範囲にリソースをかけても、疲弊ばかりが募り、前進も難しいです。まずは、自分のコントロールできる範囲の課題を優先して取り組むといいでしょう。
次回は・・・
引き続きリスキリングの進め方について、議論を展開します。実務を抱えながら、リスキリングが可能なのか。マーケターにとってのリスキリングとは? 高橋宣成さんに、実行のためのコツやアドバイスをうかがっていきます。