「行動デザイン」を学ぶ第8回:条件を操作して印象を変える~「フレーミング」を学ぶ~
今回からは、どのように「人が感じる5つのコスト」(金銭的コスト、時間的コスト、肉体的コスト、頭脳的コスト、精神的コスト)に向き合い、「人を動きやすくするか」という「行動デザイン」の具体的なテクニックを紹介していく。
金銭的コストに対して「行動デザイン」が可能?
普通、ビジネス社会で「コスト」と言えば、それはお金のことを指す。しかし我々が意識するコストは、実はお金(金銭的コスト)だけではない、ということを第6回に書いた。
とはいえ、「時は金なり」のように、今日では「あらゆる資源を金額に換算できるのではないか?」という考え方もあるだろう。ビジネス社会は、基本、お金で回っているからだ。今回はまず、金銭的コストに対してどのように「行動デザイン」が可能か、という話をしてみたい。
ずっと「安いまま」はできない
経済学の教科書では、人の需要は(同じ商品であれば)価格で変動する、とされている。これくらいの価値、という評価に対して価格が安ければより強く反応する、というロジックだ。「価格破壊」を主張した中内功氏(ダイエーの創業者)の「いいものを、どんどん安く!」という掛け声はこのロジックに基づいている(余談だが、当時ダイエーが始めた「ドムドムバーガー」もその「どんどん」に基づいている)。
いいものをひたすら安く提供することが「本当に可能なのか?」、あるいは「社会正義なのか?」という問題は別として、大きな意味ではこのロジックは正しい。昔、「あの高いカシミアのセーターが4,900円?」とびっくりして、もともとすごくカシミアが欲しかったわけではなくてもユニクロのカシミアに飛びついた人は少なくないだろう。こうした「価格障壁の緩和で販売数量を拡大する」作戦は、マーケティングでは定石、常識といってもいい。では、あなたの会社はこの定石を採用すべきだろうか?
ここが大事なところだ。あなたの会社がユニクロのような仕組み(コストリーダーシップを実現する能力)を持っていれば話は別だが、普通は「安くする」ことは容易ではない。それは、そこに商品を作り、仕入れて売るためのコストが発生しているからだ。あなたは何かを犠牲にしなければならない。しかし、利益を犠牲にする「出血サービス」を持続するのは不可能だろう。(安さを重視して)品質を下げたら、二度と買ってもらえないかもしれない……そこで、行動デザインの出番だ。
人は「今、提供されている価値」に過大に反応してしまう
行動デザインは、人の持つ認知バイアス(判断を偏らせる心のくせ)の存在を重要視している。つまり、人は思うほど「経済合理性」では動いていない、という事実が重要なのだ。例えば、子供が1日に7つお菓子をもらえるとして、子どもに「今4つもらって、あとで3つもらうのと、今3つにして後で4つもらうのと、どっちがいい?」と聞いたら、大半の子どもは「今、4つ欲しい」というだろう(「後で4つ」がいいと答えるタイプの子どもがかわいいか、かわいくないか、は趣味が分かれるところだが、そういう子どもは大人になって経済的に成功していることが多い、という報告がある)。
1日にもらえるお菓子の量が同じなら、その「配分比率」は価値評価と意思決定には影響しない、経済学的には意味のない要因のはずだが、明らかに人の意思決定はそうではない。これは行動経済学では「現在性バイアス」と呼ばれている。人は先のことは想像しにくく、現在の方がより明確に認識できる。そのため、「今、提供されている価値」に過大に反応してしまうのだ。では、そのような「現在性バイアス」を考慮して、どんな「安くする」打ち手(価格戦略)が考えられるだろうか?
「フレーミング」を活用する
「安くする」とは、例えば今まで一袋7つ入りで売っていたお菓子を、同じ値段で8つ入りにすることだ(もちろん7つのまま値下げするという選択肢もあるが、売上も利益も同時に減る)。しかし、人が気にするのは実は袋の中の数ではなく、「今、いくつもらえるのか」ということなのだとしたら、あなたがすべき戦略は値下げ・値引きではなく、「3つ入り」のミニサイズの開発である。こうした提示条件の操作は、行動経済学で「フレーミング」と呼ばれている。
「赤身肉25%入り」も「白身(脂肪)75%」も実は同じ意味だが、感じる印象は大きく違う。「死者が1割」も「9割の人は死なない」も、実はフレーミングの違いでしかない。ミニサイズ商品は、こうしたフレーミングの活用例である。小さくフレーミングすれば、手が出しやすくなる。今、手持ちの予算で「3つ」買えるのだ。
では、なぜミニサイズというフレーミングが有効なのだろうか。そもそも(あなたがお菓子屋さんだとして)、なぜ価格戦略を検討しているのか考えてみてほしい。それは、今まで、「7つ入り」の商品に対して金銭的コストが障壁になって手が出なかった人に買ってもらうことで、販売を増やしたからだろう。そのとき、今まで「7つ入り」商品を元の値段で買ってくれていた人に対しては、値下げは過剰サービス、追い銭でしかない。失う必要のなかった利益を減らすだけだ。「小サイズ」を提供することで、初めての人でも手が出やすくなるし、それが多少割高であれば、今までレギュラーサイズを買ってくれていた人には逆に「お買い得感」が増すという効果もある。
このように「小さくして手を出しやすくする」といったフレーミングの工夫も、行動デザインのポイントの一つである。
次回は・・・
今回に続いて、金銭的コストを下げるための行動デザインを取り上げます。今回言及した「フレーミング」効果に焦点をあてながら解説する予定です。
國田 圭作(くにた けいさく)
嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。