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「行動デザイン」を学ぶ 第25回:恐るべき「処理流暢性」の効果について

前回の連載では、「処理流暢性」という、多くの心理的事象に「なるほどね」と思える説明をつけてしまう、まるで「ワイルドカード」のような認知心理学のコンセプトを紹介した。引き続き今回は、「処理流暢性」の特性を取り上げながら、実務における落とし込みについて考察を深めていこう。

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目次

見慣れないからリスクを感じ、見慣れるとリスクを感じにくい

まず冒頭で、「処理流暢性」の恐るべき効果をおさらいしよう。

効果(1) 処理が流暢だと感じる情報は、そうでない情報より好まれる傾向がある
効果(2) 処理が流暢だと感じる情報は、そうでない情報より理解されやすい
効果(3) 処理が流暢だと感じる情報は、そうでない情報より記憶されやすい
効果(4) 処理が流暢だと感じる情報は、そうでない情報よりリスクを感じにくい
効果(5) 処理が流暢だと感じる情報は、そうでない情報より正しいと思われやすい

最初に、前回、深く触れなかった効果(4)のリスク感について少し補足しよう。「処理流暢性」の感覚は、それ自体は「価値判断(評価)」ではない。あくまで「頭(心)の中で、今、すらすらと円滑に情報処理が進んでいる」という感覚に過ぎない(そもそも、何かに引っかからずに、なめらかに処理している最中には、その流暢性を感じることさえない)。

そして、流暢性が高まることで、例えば「親近感(親しみ、馴染み、精通性)などの心理的な評価が生起されるのだ。一般に私たちは見慣れない、親近感のないものにはリスクを感じる。そもそも、リスク感とはそうした未知の、怪しいものに対して感じる警戒心を表しているからだ

処理流暢性が親近感を高め、リスク感を軽減する

リスク感が新たな行動の発生を阻害している問題については、この連載でもたびたび触れている。今回の「処理流暢性」について勘案するならば、一見新奇な、場合によっては無理のあるような新しい行動であったとしても、その行動誘発メッセージの「処理流暢性」を高めれば、そのメッセージに対する親近感が高まり、リスク感が低下するという心的プロセスが期待できる。さらに、そこに「流暢性」の直接的効果である「好ましさ」や「正しさ」の評価が加わるだろう。

例えば、読者のみなさんはマイナンバーカードをすでにお作りになっているだろうか。筆者は、警戒心が強いというよりも、単に落し物や忘れ物が多い方なので、マイナンバーカード紛失の危険が怖くて、まだカードを作るには至っていない(病院で今の保険証が使えなくなったら、その時には考えると思うが)。

しかし、過去において個人情報の中でも最高機密に該当するマイナンバーの管理を、いかに徹底するように職場で指導されてきた経緯を考えれば、この不安感は当然ではないかとも思うのだ。そんな大事な番号を、日々カバンや財布に入れて持ち歩くことを政府はなぜ急に推奨し始めたのだろうか。その詮索をするのは本稿の趣旨ではないが、ここで言いたいのは、マイナンバーカード普及キャンペーンの処理流暢性の高さである。

いつしかマイナカードも定着し出した背景を考えると……

まず、カードは「マイナカード」という呼びやすい愛称が付けられている。かわいいうさぎという動物キャラも受け手の情報処理がたやすい。「カード」といえば「ポイント」という事前知識ができあがっているので、「マイナカード」と「マイナポイント」の一致度も高い。知名度の高いタレントを使ったCMの露出頻度も、他のCMに負けていない(最近では筆者も大好きな「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」※まで登場し、ミッションを達成しようとしている)。

このように徹底的に広告の処理流暢性を高めることで、いつしかリスク感は低下し、持つことの「正しさ」感が強まる。周りでもマイナカードを作り出す人が増えれば、さらにその「正しさ」は「素朴理論」(連載第24回を参照)により補強され、いつしか私たちの財布の中に他のポイントカードやクレジットカードと一緒に格納されるようになるのだろう。

※……『少年ジャンプ+』に連載中(2023年4月現在)の漫画、テレビアニメーション。
マイナンバーカードと「SPY×FAMILY」のキャンペーンが2022年12月20日(火)から開始
河野大臣記者会見(令和4年12月20日)|デジタル庁

つまり大事なのは、一般人には意味がよくわからない情報(例えば、新たな社会制度の導入など)について、人はその内容(意味)の正しさの是非を評価するだけの知識を持っていなくても、その情報の提示の仕方(コミュニケーション)に対する処理流暢性が高ければ、その情報を好ましい/正しい/リスクは低い、と判断できる(あるいは、してしまう)ということなのだ

よくわからない情報でも、処理流暢性の高い情報提供によって、人はいつしか好ましさや正しさの気持ちを醸成しがちに

マーケティングの一要因としての処理流暢性

このように、処理流暢性の高い情報は、理解されやすく、結果的に記憶されやすく、そしてポジティブで積極的な評価を得られやすい。逆にいえば、頭(心)の中の「流暢性フィルター」を通り抜けられない多くのコミュニケーションは、その時点で処理されず、スルーされてしまう。

ただし、試験問題やそのための勉強のようなケースは例外だ。そこに強いモチベーションがあれば、難解な文章を読解したり複雑な計算をしたりすることに心的エネルギーと時間を割いて、本質的な正しさを追求しようとするだろう。しかし、マーケティングの送り手が発信するコンテンツが、生活者に対してそこまで強い動機づけを持っていることは稀有である。したがって、動機づけを考える前に、いかに処理流暢性を高めるかを最初に考える方が先決なのだ

ブランドに「典型性」があると強い理由

ちなみに、「典型性」(○○らしさ)の知覚でも処理流暢性が高まることが知られている。これは、単に見慣れている(親近感)というだけではなく、私たちがかなり原初的に持っている「カテゴリー化」という知識の持ち方(カテゴリースキーマ)と関係している。

「何となく似ているもの」が「それとは違うものたち」と識別されてグループ(カテゴリー)を形成するのだが、人は生まれつき、図鑑のような分類学の知識を脳の中に持っているわけではない。それにも関わらず、私たちはなぜか器用に、カテゴリーを特定できる。その秘密は「“典型性”を持った個体を中心に、それに近いものを集める」というカテゴリー化の進め方にある。

例えば、もし「ペットボトルの緑茶」というカテゴリーについて説明を求められたとしたら、多くの人が、最もペットボトルの緑茶の代表性があると思える売上1位ブランドを真ん中に配置し、その周りに1位ブランドとは少し違って見える(つまり差別化できている)競合ブランドを配置するだろう。ブレンド茶になると、それとは違うカテゴリーとしてその外側に置かれる。これが「カテゴリー化」である。この時に、“典型性”(カテゴリー代表性、カテゴリーらしさ)を持ったブランドは処理流暢性が高く、「好ましさ」や「正しさ」が感じられることで、結果的に常に安定した支持を獲得できる。だからNo.1は最強なのだ。

逆に、後発の競合ブランドは、もちろん差別化は必要だが、差別化にこだわるあまり処理困難性を高めてしまうようなことがあってはならない。例えば「急須で入れたお茶」という緑茶カテゴリー自体の「典型性」を打ち出す戦略が、流暢性を高め、好評価につながるだろう。

次回は・・・

今回の後半で典型性の話を出したが、その文脈で出てくる「カテゴリー化」について、話をもう少し掘り下げてみたい。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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