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「行動デザイン」を学ぶ第17回:「保守派」に着目すると見えてくるアプローチ

今回もジェフリー・ムーアのキャズム理論に沿って、それぞれの顧客タイプ別の攻略法について検討しよう。今回は「保守派」にフォーカスを当てながら、保守派との向き合い方から考えられるアプローチ(可能性)について言及する。

目次
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「保守派」は「おいしいセグメント」?!

「キャズム理論」では、ロジャーズモデルの「後期多数採用者層(レイトマジョリティー:全体の34%存在)」に「保守派」と名づけている。その名の通り、「周りがみんな始めたら、自分も始める」という様子見層であり、イノベーションを採用するのはかなり遅い時期になる。

第15回でも掲載した、ロジャーズモデル(イノベーター理論)を図示したもの

「保守派」は、実際のビジネス世界では交渉相手としてそれほど手強い存在ではない。なぜなら、彼らは「時間をお金で買う」という投資的発想がなく、逆に「待っていれば安くなる(お金を時間で買う)」と信じてひたすら待っている人たちだからだ。例えば、近年の液晶大画面テレビのように、製品・サービスが普及後期(成熟期)に入り、価格下落が進めば必ず買ってくれる層である。利益はあまり乗せられないが、ボリュームがそれなりに多いので、ある意味、おいしいセグメントと言える

普及の鍵は保守層の取り込み

「保守層」はテクノロジーに関する関心や知識が低い。電気製品であれば、「電源を入れただけで確実に動く」「操作がシンプルで間違えようがない」といった商品・UIの設計が必要になる。BtoC領域で言えば、シニア向け携帯電話(「らくらくフォン」)がそれにあたる。

問題は、保守層のシニアにらくらくフォンではない普通のスマートフォンを売ろうとすると、ハードウェア側の設計だけではUIを簡略化できないことだ。キャリア以外の外部事業者が提供するアプリの操作法、あるいはセキュリティやパスワード(PW)、ID管理までも売り手が丁寧に教えないと、保守層は採用(=スマホの購入)に踏みきらない。携帯ショップが開催する「シニア向けスマホ教室」のような手取り足とりのサポートがない限り、「価格の安さ」だけではリスクを払拭できず動かない層なのだ。

BtoC領域で画期的な新製品・サービスを普及させようとした場合は、「保守層」の狙い方が肝要になってくる。1つのやり方は、最初から「保守層」向けのわかりやすい商品を作ってしまうことだ。これによって、イノベーション志向の企業がいち早く売り出したもののキャズムに落ちてしまったような商品を一気に普及させることが可能になる。枯れた技術でも問題はないので、製造のハードルは低いだろう。

ただし、保守管理サービス体制の充実を自前でやろうとするとそこに思わぬコストがかかってしまうので、トラブル対応の仕組みをどう構築するか、がポイントになる。BtoC商品ならメンテナンス対応するよりも、例えば「壊れていても下取りします」という形で、顧客の不満足をお金で買い取ってしまい、新品に交換させるというやり方が考えられる

「保守層の普及を考えない」考え方もアリ

もう1つのやり方はまったく逆で、「保守層」までの普及を考えない、という割り切ったビジネスモデルだ

例えば一眼レフカメラでいえば、かつてはプロや愛好家使用のハイエンド機種からエントリー層向けのローエンド機種まで幅広く品揃えし、型落ちしたローエンド機種を「保守層」に当てる、という全方位型のマーケティングが存在していたが、最近のデジタル一眼カメラ市場では、高単価のハイエンド機種に集中するメーカーもある。

第16回にも掲載したロジャーズとムーアの理論を整理した表より

デジカメのように総市場規模が飽和・縮小している場合は、キャズムの手前(「テッキー層」+「ビジョナリー層」)までをターゲット・セグメントし、販売量は限定されても価格を高くして確実に利益を稼ぐ方が、結果的には利益が大きくなることがある。「たくさん売れると(コストが下がって)儲かる」という発想は、もしかすると市場成長期にしか成り立たない、一種の「幻想」である可能性がある。

普及曲線(S字カーブ)の中の、どの区間で稼ぎ出すか、どの区間(顧客層)にフォーカスするか、という全方位型ではない割り切りが必要な時代になってきていると感じる。

「キャズムの手前の層」にフォーカス

では「キャズムの手前の層」の攻略法はどう考えればいいのだろうか。「キャズムの手前の層」の中でも、「テッキー(イノベーター)」と「ビジョナリー(前期少数採用者)」は性格がかなり異なっている

「テッキー」は技術とスペックにしか興味がなく、広告やPR系の「盛られた情報」を毛嫌いする。彼らと社内の技術者の性格はかなり類似している。テッキーのいい点は、初期ロットの不良箇所(ソフトウェアのバグなど)をいち早く見つけ、メーカーに報告してくれることだ。トヨタのプリウス(世界初の量産型ハイブリッドシステム)は、戦略上、かなり余裕のない納期でローンチせざるをえなかった。そもそも前例のない技術なので、テストコースだけではバグの解消ができず、市販後に公道で、つまり奇特な初期ユーザーの協力を得て、さまざまな不具合を検証しながら改善していったと言われている。彼らのような、一種のテッキー層は味方につけると、とても心強い。

テッキーとビジョナリーは同じキャズムの手前の層ながら、まったく似ていない層であることも理解しておきたい

ただし、彼らはマーケティングにまったく関心がない可能性が高く、彼らの話を聞いてもその先の普及のシナリオまでは見えてこない。一般のユーザーとリスクやコストの感じ方が違っているので、参考にならないのだ。

一方で「ビジョナリー」は、企業人としては野心家で、このイノベーションを成功させて出世しようという「山っ気」があり、その分、未来志向の大胆なマーケティング戦略を構想できる人たちだ。そのかわり、ありがちな話だが新規開発にしか興味がないので、ローンチ後にその商品を地道に売り続けていく活動は苦手である。

また、技術への造詣も深く、自分なりの理想形を描いている人たちなので、スペックに対してあれもこれもと過剰な要求をしてくる。彼らの言うことを全部聞いていると、とてもコストのかかる製品ができてしまう。ムーア は「結果的に高すぎて売れないことがあるので要注意だ」と警告している。

飽きが早いビジョナリーに要注意

イノベーションで気をつけなくてはいけないのは、「オーバーシュート」と言って、一般の顧客が求める品質・性能の上限をはるかに越えたものづくりをしてしまうことだ。「オーバーシュート」が発生する背景には、未来の夢を大きな声で語るビジョナリー型の役員やキーマンの存在があるのかもしれない。

とはいえ、こうしたタイプは世の中に対する発信力もあるので大事にしないわけにはいかない。先述のプリウスの場合は、レオナルド・ディカプリオのようなハリウッド・セレブが初期採用者であったことが、その後の販売拡大に大きく貢献したと言われている。

難しいのは、普及プロセスの中で初期採用層がある程度まで増えてくると(つまり「キャズム」ポイントに近づいてくると)、「ビジョナリー」にとってはもう「今さら終わった話」になってしまい、周囲に発信するモチベーションを失う傾向があることだ。

ビジョナリーは飽きるのが早め?!

まだほとんどの人が(2.5%のテッキー以外は)知らない新鮮な情報だから、周囲への自己顕示効果も狙って「あれ買ったよ」「それ持っているよ」と話してくれるのだが、それを持っている人がある程度多くなる頃には飽きてしまい、もっと新しいイノベーションに興味が移ってしまうのだ。

次回は・・・

イノベーション普及の「生命線」である16%地点に潜む「キャズム」をどうやったら超えることができるかを、行動デザイン的に考察してみたい。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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株式会社ジェネシスコミュニケーション

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