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「行動デザイン」を学ぶ第19回:様子見層に普及率16%地点を超えてもらうには?

前回に続き、イノベーション普及プロセスの初期(16%地点)に待ち伏せる決定的な曲がり角(「クリティカル・マス」や「ティッピング・ポイント」あるいは「キャズム」などと呼ばれる)について、今回は様子見層に対してはどのような対策を考えればいいのかを解説する。

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目次

人は利得より損失を感じやすい

パーソナルな領域の新製品・サービスは、よほどのモチベーションや必然性がない限り、「新しいもの好き」以外の層が飛びつくことは期待できない。基本的に、今使っているもので「間に合っている」からだ。アンケート調査をすれば「欲しい」「使ってみたい」と回答するかもしれないが、そうした「採用意向」と実際の「採用行動」の間には、深い深い溝が存在するのだ。

そこには、今までの連載で解説してきた「現状維持バイアス」「損失回避バイアス」といった心理が働いている。

そもそも、ほとんどの人は現状に大きな不満がない(つまり、「間に合っている」)。多少の不満があったとしても、すでに使い慣れた現在の商品やサービスから他に乗り換えることには心理的な抵抗がある。それが「現状維持」に傾く理由だが、もう1つ、重要なポイントがある。それは、人は現在、使っている商品やサービス、そしてそれを利用している現在の状況に一種の「所有感」を抱いてしまうのだ。それゆえに、他に乗り換えることは「今の状況を失ってしまう」=「損失」と感じられてしまう。

人は、実際以上に利得より損失を大きく感じるので、ますます現状にしがみつくようになる。新しい商品やサービスにまったく食指が動かないわけではないが、様子見をしている人の内面には、このような心理的な傾向が存在する。

こうした心理は想像以上に根強いものがあり、周到に「行動デザイン」を工夫しないと、16%ラインの先の「様子見層」を動かすことは難しい。

普及率16%

「16%」の壁は厚い?! 様子見層を突き動かすことは、なかなか難しい

「様子見層」は敏感で手強い

様子見層(アーリーマジョリティとレイトマジョリティの2層)は、「費用対効果(コスパ)」に対しても敏感である。普及初期の製品は「価格」がハードルになる。開発費がコストとして価格に乗っており、また量産効果が出ていないからだ。そして、様子見層の多くは「もっと普及するまで待てば、価格が安くなる」ことを経験的に学習しているので、基本的には「待ち」の姿勢になる。

そこで、普及初期での思い切った低価格の設定が様子見層を早く動かすポイントとなるが、その場合、企業にとっては本来得られたかもしれない利益を中長期的に逸失する可能性も高い。一度、世の中に打ち出してしまった価格を後から値上げすると、確実に反発を招くからだ

様子見層の行動を促すのは難しい

様子見層の時間軸を動かす

では、価格以外で慎重な「様子見層」の気持ちを揺さぶるには、どうしたらいいのだろうか。行動デザイン的には「時間」という要因に着目してみたい。「時間」は現代人にとって極めて希少な資源なので、それをうまく意識させることで「思わず」動いてしまう行動変容を作り出せる可能性がある。それは「時間軸(タイムライン)」を動かすことである。普及曲線は、時間軸の関数である。つまり「いつかは採用してもいいが、それは今ではない」と考えていた人が「今が買い時だ」と思うことが、「普及」の本質なのである。

元来、人の持っている時間概念は感覚的で曖昧なものなので、情報の提示の仕方で急に「今だ」と感じさせることは可能なのだ。その1つのやり方が「切迫感」訴求だ。

様子見層に「今、このタイミングだ!」と思わせることができるかどうか

かつて「地デジ対応に変えないとテレビが見られなくなります」と言われて、テレビを買い換えた人は多いだろう。消費税率アップや特別減税期間の終了といった状況では、確実に駆け込み消費が起こる。それは、現在の(値上げ前の)価格に対して「保有効果」が働き、「安いうちに買える権利」を放棄してしまうことに強い損失の痛みを感じるからなのだ。

「切迫感」訴求の注意事項

「締め切り」のプレッシャー(時間圧力)を感じた人は、そうでないときに比べ、特定のネガティブ/ポジティブな情報が気になったり、消去法などによる直感的な選択をすることがあると言われている。お店の閉店間際につい、目についた商品をとっさに買ってしまった経験は誰にでもあるだろう。「切迫感」を活用する場合は、提示する商品やオファーは特徴や効果が端的にわかりやすいものである必要がある。

駆け込みの状況には、わかりやすい訴求が望ましい

いわゆる「規制緩和」が、「今がチャンス」意識を高める場合もある。電動キックボードは、今まで原付(小型バイク)扱いで運転免許とナンバープレート、方向指示器、ヘルメットが必要で、車道しか走れなかった。しかし、時速を15km以下に制限することで、自転車扱い(ヘルメットも任意)する方向へと規制緩和が進んでいる。ある調査では10代〜20代で電動キックボードの利用意向は100%、しかし利用経験率はわずか3.6%だったという(※)。

このように、利用意向と実際の利用行動に大きなギャップがある場合は、わかりやすい規制緩和策の導入により、普及が一気に拡大することが予想される

※出所:吉村朋矩(2021)「若年層を対象とした電動キックボードの走行調査および利用意向に関する研究」
日本都市計画学会中部支部研究発表会論文集No.32 P36〜38

時間軸に「時間的ランドマーク」を設定する

「切迫感」訴求以外の「時間軸」のもう1つの動かし方が、「時間的ランドマーク」の設定だ。多くの人が、新年の始めや誕生日にダイエットや資格学習、禁煙などの新しい行動を始めることが知られている(続くかどうかは、また別の問題)。新年や誕生日は特定の時間に目印をつけ意味づけされた、時間の「ランドマーク」である。「ポッキーの日」や「猫の日」のように、新しい記念日を作ってみるのも、新しい行動のきっかけになるだろう。

「期限」の設定も、「時間的ランドマーク」として機能する。例えば、EV(電気自動車)が次世代自動車の中心的規格になるという未来を否定する人はそう多くないだろう。しかし現時点では、日本ではEVの普及はわずか0.6%(2020年度)にとどまっている(※)。

※出所:一般社団法人 日本自動車販売協会連合会「燃料別販売台数(乗用車)」2020年1月〜12月集計

このようなときに政府やメーカーの「2030年までにガソリン車の製造を中止する」といった具体的に期限を示す宣言は、社会全体の「時間的ランドマーク」として共有される。そうはいっても2030年までまだまだ時間があり、企業は悠長に構えていられない。「もっと早くEVを売りたい」と考えているかもしれない。そこで様子見層には、「他の人たちの反応」を気にするので、「●●%の人が(例えば)2025年までの間にEVに買い換えることを検討しています」といった調査結果を数字で示すのが有効だろう。

「世の中のムード」をどう作っていけるか?

昔、ある自動車メーカーが「そろそろ、買い替えモードじゃない?」というキャンペーンを展開していたが、「世の中のムード」は様子見層の背中を押す力がある。

そうした中で実際に今売れているのが、「充電しない電気自動車」という謳い文句の「シリーズハイブリッド」方式だ。これはガソリンで発電機を回し、その電力で走らせるタイプなので、厳密にはEVではない。しかしその分、EVに感じるリスクや不安が払拭され、選択しやすい方式とも言えるだろう。

一足飛びに先に行ける人は少ない。新しい企画の普及を推進するためには、多くの人が安心できる、馴染みのある「手がかり」を持った商品・サービスが必要なのだ。

次回は・・・

今回、取り上げた「時間」要因は、以前の連載で紹介した「時間的コスト」(金銭以外のコストの1つ)とも関連がある(参考:第11回)。過去の回の中でも好評であることを受けて、次からは「時間的コスト」について、改めて考察を深めながら解説する。


國田

國田 圭作(くにた けいさく)

嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)


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