「行動デザイン」を学ぶ 第23回:受け手視点の「情報処理プロセス」に迫る
前回は、送り手の立場から最も広く共有されている消費者の広告接触モデル(「AIDMA」など)について解説した。こうしたモデルには、科学的な証拠がなく、あくまで送り手側が考える思考の整理論やフレームワークでしかないことを理解してほしい。今回は、実際のところ受け手の情報処理のメカニズムはどうなっているのか? 受け手の心の中では起きていることについて考えていく。
ファネル管理と3つの階層
前回、全体が5文字で長らく定着しているAIDMAとは異なるモデルが、日本で定着されずにきたメカニズムを説明した。その中で、「本家」のAIDMAは意外にしぶとく生き残っている。最近は「ファネル管理」(※1 連載第5回参照)という枠組みで、コミュニケーションを3階層(アッパーファネル、ミドルファネル、ローワーファネル)に整理する議論がよく見られるが、ここにうまく組み込まれたからではないかと推測する。
「アッパーファネル」は、主にペイド(有料)広告によるリーチ拡大が中心で、AIDMAの最初のA(Attention)に対応づけられている。また、「ローワーファネル」は、コンバージョン、あるいはクロージングのステップであり、AIDMAの最後のA(Action)に対応づけられている。この途中の3ステップが「ミドルファネル」、つまり「アッパーファネル」に入ってきたターゲットが、コンテンツやサービスに興味を持ち(Interest)、そこから購入意欲が高まり(Desire)、ショッピングリスト(選択肢)に残る、あるいは買い物カートに入れられる(Memory)までのステップとされる。
では、みなさんのビジネスでこのファネルはうまく機能しているだろうか。見込み客(ターゲット)は、うまくこの「漏斗」(ファネルは漏斗のこと)の中に入り下まで、つまりコンバージョンあるいはクロージングまで流れ込んでいるだろうか。
現代はミドルファネルが機能しない?
この漏斗のメタファーが、完全に送り手側の思考モデルであることは明らかだ。私たちは一消費者として、どこかの企業のファネルに自分で飛び込んだ覚えはないし、そこから重力に沿って下の方に落ちていく感覚はまったく持っていないからだ。もし購買まで進んだ場合でも、事実としてあるのは「確かに、広告は見た気がする」ことと、「確かに、ポチッた覚えはある」という2点(起点と終点)の記憶だけだろう。
最近、「ミドルファネルがつながらない」という声をよく聞く。ある説では、以前のような「興味」を受け止め、商品情報を詳しく紹介してくれるキュレーションメディア(紙の雑誌やWebマガジン)のパワーが弱まったためだ、という。確かに、最近は企業のダイレクトな広告(ストーリー性のある長尺動画も含め)は相変わらず目にするが、「何となく、自然に商品に興味を持たせてくれるような解説型の媒体」は少なくなったような気もする。
一方で、企業の代わりに商品を丁寧に紹介してくれるインフルエンサーのコンテンツは、以前よりますます目に入ってくるようになった。その意味では「I(興味)」から「M(記憶)」までのミドルファネルに対応する情報源は、媒体の質が様変わりしただけで、別になくなってしまったわけではないと考えられる。にもかかわらず、「ミドルファネルがつながらない」という声が多いのは、どういうことなのだろうか?
ミドルファネルは存在するのか?
ここで、発想の転換として「そもそも、ミドルファネルなど初めから存在していなかったのではないか?」と、思考をリセットしてみてはどうだろうか。
私たちに降り注ぐ情報の量は飛躍的に増えている。その中で反応するものがあれば、スルーするものもある(こちらの方が圧倒的に多い)。それとあまり関係なく、自分で調べたり、人(インフルエンサーや、AIのリコメンドも含む)に勧められたり、まったく突然に街やお店、あるいはWebサイトの中で「出会(合)って」しまって急に欲しくなってポチッてしまう行動が存在している。つまり、「アッパーファネル」と「ローワーファネル」はそれぞれ独立して、頑健に存在しているのであって、それらが同じ構造物として(ミドルファネルという謎の構造体を介して)つながっているわけではないのではないか、と考えてみたらどうだろう。
※ここでの話は、特に一般消費財やアプリなどの短期的サービスについてを想定しています。検討を深くして購買/利用を決めるサービス(学習塾や大学院、高額な保険やマンション、B2Bの高額な商材)は、しっかりしたミドルファネルの構造が問われることも事実です。「発想の転換」を促す一例としてお読みください
学術的な消費者行動研究の中でも、「購買意図」と実際の購買行動の乖離は昔から「難問」とされてきた。「購買意図」を導く説明変数は(例えば「ブランド態度(ブランドへの好き嫌い)」や、ポジティブな感情など)いろいろ存在し、それなりに説明力があることがわかっている。しかし、いくら購買意図が高まっても、それが購買行動を説明できないのだ。ブランドへの好意が、ブランド広告への接触回数が多いほど高まることもわかっている(単純接触効果:アメリカの心理学者、ロバート・ザイアンスが実験で検証したので、ザイアンス効果とも言われる。ただし、最初の接触で嫌悪感を持った対象に対しては、その後何回広告を見せても好意が高まらなかったという報告もある。第一印象は手強いのだ)。
読者のみなさんのビジネスが、もし広告エージェンシーやデザイン会社で「購買意図」を測定し、それが高くなっていたら堂々と貢献を主張していいだろう。しかし事業会社であれば、最終的な行動につながらない「購買意図」は、ないよりはましという程度のものでしかない。プロポーズした相手に、「好きだよ」と言われながら断られた姿を想像してみてほしい。
直接的にコンバージョンへ働きかける設計
したがって、重要なのは何よりも「ローワーファネル」の歩留まりなのである。そう考えると、そもそも美しい(真ん中のミドルファネルがキラキラ輝いている)ファネル構造を仮定し、それがつながらないと嘆くよりも、最も重要な購買などの行動がどうダイレクトに喚起されるかというゴール側から逆算した行動デザインを設計してみるべきではないだろうか。
例えば、実体験として「何も考えずになぜか商品を買ってしまう」「本当はいらないと思いながら買ってしまう(アパレルストアに友人と行って、友人を待たせた手前、何か買わないわけにはいかなかった、など)」状況は、時々発生している。高額な耐久消費財ならさすがにもう少し慎重に検討するかもしれないが、スーパーでの買い物の76%は非計画購買(衝動買い15%を含む)と言われている(※)。
こうした非計画購買を誘発するためには、そこで顧客が「我に返ってしまう」(そこにリスクがあることを思い出してしまう)前に決済させるための行動デザインが有効になるだろう。「気に入らなかったら何度でも返品自由」や「後払い」、あるいは「メルカリで高くリセールできそう」といった予測は、購買行動を促進しやすい。
私たちがまずやらなくてはならないのは、どうすれば買い手との「偶然の出会い」を作り出せるかというタッチポイントの設計と、その瞬間に躊躇なく行動に移ってもらうためのナッジ(※3 連載第11回参照)の設計だけである。綺麗な三角形にこだわった架空の漏斗を作ることにエネルギーを注ぐ必要は、本来は存在しないのだ。
※1 参考記事:第5回「人はロジカルに囚われて生きている」
※2 『1からの消費者行動論(2016年版)』(著:松井剛・西川英彦)よりP149を参照
※3 参考記事:第11回「時間的コストについて」
次回は・・・
認知心理学の知見を参照しながら、人が限られたリソースの中でどのように上手に情報を処理して、行動や意思決定につなげているかを整理してみたい。
國田 圭作(くにた けいさく)
嘉悦大学経営経済学部教授、前・博報堂行動デザイン研究所所長、セカンドクリエーション代表。博報堂時代は大手自動車メーカーをはじめ、食品、飲料、化粧品、家電などのマーケティング、商品開発、流通開発などを多数手がける。
著書に『幸せの新しいものさし』(PHP研究所)、『「行動デザイン」の教科書』(すばる舎)。